クリスマスツリー
「な、なんだコレは……っ!!」
重厚な日本家屋の玄関先に、突如出現したモノ。
引き戸を開けた秋良は、あやうくソレにぶつかりそうになって、慌てて見を引いた。
「何って。知らないの? 秋良。これはね~、」
真冬でも相変わらず暑いんだか寒いんだかわからない格好をした由が、秋良ににっこりを笑いかけた。
「ツリーだろ、あっきー。どう見てもこれは」
そして、続けようとした台詞を、隣にいた椿が、あっさりと告げる。
「もう! 何で言っちゃうの、椿! オレが教えてあげようって思ったのに……」
「いや……、そのくらいはオレも知ってるぞ、狐面」
下がった時に勢いで、ややずり落ちた眼鏡を人差し指で元の位置にもどしながら、秋良はそれを見上げた。
その、やけに大きなツリーを。
「それな、それな! おれが商店街の福引であてたんだよ! スゲェだろ!?」
ツリーの陰になって見えなかった黒狐が、ぴょこんと飛び出してきて、得意げに胸を張った。
「それは……何とも、迷惑な……」
「うん。だから、あっきーんちに持って来た。お前のとこなら広いから飾れるだろ」
「………は?」
「椿んとこ、飾っちゃダメだって。家が狭くなるって」
「だったら、お前のとこで飾ればいいだろう……」
ふう、とため息をつきつつ言うと、黒狐が、
「何言ってんだよ、お前! ウチは神社だろ! 管轄外だ!!」
と、尻尾を逆立てる。
「ミコ様はたぶん、いいって言うと思うんだけどね~。黒狐は案外そう言うところ、細かいから」
「細かいって言うな! 由がおおざっぱ過ぎなんだよ! どう見てもおかしいだろ、神社にツリーがあったら!」
困ったように笑う由に、黒狐が噛みついている。
まあ、言われてみれば確かに、神社にツリーがあったらちぐはぐだろう。
ただのツリーならともかく、これはまぎれもなく……
「まあ、クリスマスツリーじゃな……」
よくもまあ、こんなに立派なもみの木を。
(一体、どっから切って来たんだ。と言うか、こんなの商店街の福引にするなよ!)
そんな秋良の心の声が聞こえたのか、椿が生ぬるい笑みをこぼした。
そしてそんな2人の様子などまるで気付いた様子もない由と黒狐が、楽しげに声をあげる。
「オレ、クリスマスツリー飾るの、初めてなんだ! あ、ちゃんと飾り付けも持って来たんだよ。ほら、この箱!」
「一緒に飾ろうぜ! このツリー、どこに持ってけばいいんだ?」
こんな様子を見せられれば、邪魔だから持って帰れ!
……とは決して言えようはずもない。
「あー……。とりあえず、オレの部屋に………」
(部屋が狭くなるな……って、コレ、入るのか? 天井につかえないだろうな……?)
玄関に乗り上げていた巨大なツリーを、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。
秋良は渋々、部屋に引きあげることにした。
「お、重い……! こら、お前ら! 見てないで手伝え……!!」
それは見た目にたがわぬ、重量感だった。
「はい、これ、飾り!」
秋良の懸念に反して、大きなツリーは秋良の部屋に――いっそ入らなければ良かったのだが――ギリギリ、おさまった。
どうやらツリーとセットでもらったらしい、ツリーの飾りを手にとって、由は秋良を振り返った。
「秋良も、一緒に、飾ろ?」
手と手が触れて、秋良は思わず、何かに感電したみたいに手をひっこめた。
「……秋良?」
由が、きょとんと首をかしげる。
「な、なんでもないっ! よし、飾るんだな、わかった!!」
奪うように、秋良はサンタの飾りを由の手から取った。
ツリーに近づいて、手近な枝に飾ろうとすると、後ろからひそひそと声が聞こえてきた。
「あっきー。なんて甘酸っぱい……」
「あやしい……。アイツ、なんかやーらしーコトでも考えてんじゃねえのか?」
枝が折れそうな勢いで乱暴に飾りをつけると、秋良は振り返って怒鳴った。
「おい、そこ! 聞こえてるぞ……!!」
「あれ? どうしたの、秋良。なんで怒ってんの」
顔を赤くする秋良に、由が不思議そうに尋ねる。
秋良はそれには答えずに、ひたすら、ツリーの飾りつけに取り組むのだった……。
4人がかりで飾り付けたため、ほどなくして、天井につかえそうなくらい大きなツリーは、立派にクリスマスツリーの体をなしてきた。
秋良の部屋は、高校生男子の部屋としては比較的広い方だが、それでもそれはかなりの存在感だ。
和室が、あっという間にクリスマス色に染まった。
「これで終わりだな」
ツリーを見上げながら秋良が呟くと、由はどこに持っていたのか、別の箱を取りだした。
「まだだよ。はい、コレ。秋良も、書いて」
「これは……」
箱の中から取り出された、長方形の色紙。
それは……。
「短冊か?」
「うん。願い事、書いてね」
「何故……!」
「えー、だって、ツリーには願い事を書いた短冊を吊るすんでしょ?」
「そうしたら、サンタが願いを叶えてくれるんだよな!」
由と黒狐が交互に言う。
明らかに、違うイベントが混じっている……。
秋良は、ちらりと、先程から発言していない、椿を見た。
椿はその視線に気づいて、実にどうでもよさそうに言った。
「いいんじゃないの、別に」
「いいのか……」
「サンタも、リクエストされた方がプレゼントしやすいだろ」
「それ絶対、今思いついて言ってるだろう……」
「もう、何ごちゃごちゃ言ってるんだよ、2人とも! ほら、書いて書いて!」
短冊とマジックを渡されて、由がせかす。
(無駄にデカイんだ。短冊付きでもいいだろう……)
次第にそんな気分になって来て、秋良はマジックのキャップを取って、そこそこ達筆な字を書き始めた。
他の者も、それぞれに短冊に願い事を書き始める。
「なんて書いたの、秋良?」
由が、秋良の短冊を覗き込んだ。
青い短冊の中央に、それは大きく力強く書かれていた。
「世界平和」
「うっわー、ツッマンネーなあ、お前は!」
すかさず黒狐が突っ込む。
「そういう黒狐は、何にしたの?」
「おれか? おれはもう、書ききれないくらいにだな……!」
「うわー、食べ物ばっかりだね!」
「これでも絞ったんだぞ」
黄色い短冊には、びっしりと小さな文字で黒狐の好きな食べ物リストが並んでいる。
靴下の中にこれだけのものを詰め込むのは、さしものサンタさんでも大変だろう。
「椿はー? 何々、家内安全」
緑色の短冊に、椿の、綺麗な字が並んでいた。
「基本だろ。お前は、何て書いたんだ?」
由の短冊は2つあった。
赤いのと、白いのと。
椿の問いに、由は赤い短冊を指して言った。
「オレねー、いつまでもみんなと仲良しでいられますように、って」
「叶うといいな」
柔らかく、椿が笑った。
由もふわりと笑い返す。
そして、今度は秋良を見て、白い短冊を指す。
「うん。あと、こっちには、秋良の花粉症が治りますようにって」
「狐面……!!」
由の思わぬ願いに、秋良が感動していると、由はにこにこ笑いながら続けた。
「だって、秋良、マスク取った方が格好いいもんね。あ、でも……みんなに見せちゃうのは、ちょっともったいないかな?」
うーん、どうしよう、と由は白い短冊を持って迷いだした。
由は首をかしげて、秋良に尋ねた。
「ねえ、どうしたらいいと思う? 秋良」
「そんなこと……! オレに聞くな……っ!!」
怒鳴り返した秋良に、由は、秋良ってばホント怒りっぽいなあ、と笑っている。
それに更に秋良が、怒らせているのは誰だ! と突っ込んでいる。
はたから見れば、いちゃついているようにしか見えない。
「なんかムカツクから、アイツ、一生、花粉症でいいと思う」
「そうだな」
黒狐の黒いぼやきに、椿はうなずきを返し、ツリーに(何故か)短冊を飾り付けたのだった。
Merry Christmas!!
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