思わずこぼれそうになった息を、由は小さく吸いこんで、こらえた。
唇を噛んで声を殺していると、それに気付いたのか、嵯峨野が、指で由の下唇をなぞった。
「噛むな。切れるぞ」
「や……、だ、って………」
「いいじゃねえか、声くらい。……聞かせろよ」
「さが、の、さん……っ、あく、趣味、だね……んっ」
殺しきれない息が、ため息のようにもれる。
嵯峨野が、ふっと笑う気配が、伝わった。
「そうか? 普通だろ」
「はっ……、あ………」
(ふつう、なのかなあ……?)
内心首を傾げたけど、口からは、もう、吐息しか出てこない。
閉じた目の裏が、赤い。
赤い布で、目をふさがれているからだろうか。
見えないからか、嵯峨野が触れてくる指の感触が、やけにクリアに感じられた。
次にどこに触れられるか、わからないのが、ちょっと不安で、ドキドキする……。
「えっ……、や、あ……、どこ、さわって……の、さがの、さん……っ?」
「……説明して欲しいか?」
くすっと笑う、その息さえもが素肌に伝わってくる。
由は、慌てて言った。
「いい! いわない、で……っ」
「なんだ。てっきり、そういうプレイでもしたいのかと思ったのに」
人が悪い声が、とんでもない場所から、聞こえてくる。
この時ばかりは、見えなくて良かった、と由は心底、思った。
見えてたら、とてもじゃないけど、こんなこと、できない。
目隠しは、嵯峨野のためのものだとばかり思ってたけど、案外、由のためのものでも、あったのかもしれない。
「怖いか……? 見えないと」
嵯峨野が、ふいに真面目な声で、尋ねた。
由は、ちょっと笑って、首を振った。
「怖く、ないよ」
だいじょうぶ。
目が、見えていなくても、ちゃんとわかってる。
自分に触れているのが、誰のものなのかは。
耳で、鼻で、素肌で。
目以外の感覚が、これは嵯峨のなんだ、って言ってるから。
「そうか。じゃあ、続けてもいいな……」
「う、ん……っ」
嵯峨野の指と、舌が、しだいに由を、追い詰めてゆく。
ふさがれた目の奥に、嵯峨野の姿が映っている、気がした。
「力、抜けよ」
「ん……っ」
挿入の前に、そう予告されたけど、どうしたらいいのかわからなくて、息を詰めた。
くるしそうな声が、嵯峨野の口からもこぼれた。
「だから、力、抜けって……」
「や……っ、そんな、の、わかんな……っ」
「ああもう、しょうがねえな」
舌打ちが聞こえて、口をふさがれた。
口の中を、舌でなめまわされる。
歯列をなぞられて、思わずこぼれた息と共に、わずかに力が抜けて、その瞬間に、一気に最後まで、いれられた。
「は……っ」
由は、頭の中が、真っ白に、なった。
すごく痛いのに、痛いだけ、でもなくて。
なだめるように、何度も口づけられると、布で覆われた目の端から、涙がこぼれた。
(ヘンな、感じ……)
荒い息が、至近距離から聞こえてくる。
嵯峨野の、声。
今、彼がどんな顔をしているのか、見られないのは、少し残念だった。
繰り返される抽挿に、感覚はますます鋭敏になり、痺れるような快感が身を浸していく。
やがて、身体の奥に熱い飛沫を感じた時、由のそれも同時に、はじけた。
さきほどまで目を覆っていた、赤い布が、へびのようにとぐろを巻いて、畳の上に落ちている。
由は腹ばいになったまま、それを拾い上げて、指でくるくると回していた。
あぐらをかいて座っている嵯峨野は、それを黙って、見ている。
「………具合が悪くは、なかったな」
ぽつりとつぶやかれて、由は布から手を離して、嵯峨野を見上げた。
「えー……。それ、どういう意味なの?」
「あー……。まあ、とりあえず。お前は、お前だった、ってことだな」
こっちを見下ろす、嵯峨野と視線が合う。
「ちゃんと、納得できた、ってこと?」
確認するように、由が問うと、嵯峨野はうなずいた。
「……だな。お前のなかは、お前だったしな」
「それ、なんだか意味が違う気がする……」
「一緒だろ」
しれっと言われて、そうかなあ……? と由は思ったが、それ以上はつっこまないことにした。
嵯峨野が、なんだか嬉しそうに、見えたから。
由の傍らに手をついて、嵯峨野が顔を近づけてくる。
それを由は、目を見開いたまま、迎えた。
「………………」
「…………んっ」
同じように、目を開けたままだった嵯峨野と、鼻がぶつかりそうな位置で、目が合った。
嵯峨野の唇が、濡れて、光っている。
「確かに、違うな」
「何が……?」
「俺は、こんな間抜け面してねえってことだよ」
ぴんっと、鼻を指ではじかれた。
「痛いなあ、もう……」
鼻を押さえて抗議する由を見て、嵯峨野は、声をあげて、笑った。
終。
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