ラシエルの箱庭SS(鷹見×伶)

　あなたは、その日を、だれと、どんな風に過ごしますか――――。

　

　外に吹き荒れる木枯らしも、この温かい室内までは届かない。
　空は灰色に曇っていたけれど、シャンデリアからそそぐ光と、暖炉からもたらされる赤い輝き、それに、楽しげな笑い声で、部屋の中では、外の寒さを全く感じられなかった。

「こんなに大きかったら、飾り付けが大変だね」

　居間の中央に運び込まれたツリーに、伶は感心したような、呆れたような声を出した。

「ええ。でも、やりがいがありますわ！」

　どんなときでも、楽しそうなメイドが、ツリーの飾りが入った箱を持って、嬉しそうに笑う。
　サンタの人形、ベル、モール、雪に似せた綿、金色の星。
　それらは、箱の中で、飾られるのを待っている。
　ツリーの設置が終わると、メイドは早速、飾りつけを始めた。
　最初は、下のほうから。
　次に、段々上のほうへ。
　一生懸命、爪先立っても、ツリーは彼女の背丈よりも、ずいぶんと高い。
　あぶなっかしく、よろよろしているのを見かねて、後から手を貸す。

「手伝うよ。どこに飾ればいいのかな？」
「伶さま……、すみません！」

　恐縮するメイドに、伶はちょっとだけ笑って見せて、彼女の手にしていたジンジャークッキーを模した人形を取った。

「あの、上のほうに……」

　指差された場所に、飾りを取りつける。

「ここから先は、僕がやるよ。真璃絵じゃ、手が届かないだろう？」
「でも……、申し訳ありませんわ」
「だったら、君が監督すればいい。僕は、君の言う通りに飾るから。それでいいだろう」
「まぁ……」

　伶の提案に、メイドは目を丸くしたが、やがてにっこり微笑んだ。

「そういうことでしたら。僭越ながら、指揮させて頂きますわ」



　もう少し、右。
　いえ、やっぱり、左の方が―――。

　メイドの指示で、箱の中の飾りは、あますことなく、ツリーに取りつけられていく。

「ちょっと、曲がったんじゃないかな？」

「そうでしょうか？そんなこと、ありませんわ……」

　時折、くすくす笑う、楽しげな声を響かせながら。

「……まぁ、大体こんなもんかな」

「ええ。すっかり、飾りつけられました。助かりましたわ、伶さま」

「いや。僕のほうこそ。楽しかったよ」

　きれいに飾り付けが終わったツリーを、伶とメイドは、満足げに見上げてから、ふっと後を振り返った。

　

「あら……」
「……おや」

　大体同時に発せられた声は、何時の間にか後に立っていた人物に向けられたものだった。

「鷹見さま。いらしてたんですか？申し訳ありません、気がつきませんでしたわ」

　この館の、正当な持ち主である当主に対して、すまなさそうに言ったメイドに反して、伶は極めて素っ気無かった。

「いたんだ、鷹見」

　それはまるで、居ちゃわるいようにも聞こえる――もちろん、そんなつもりは伶のほうにはないのだが―――台詞で。
　鷹見は少々ムッとして答えた。

「ああ、そうだよ。悪かったな」
「……別に悪くは無いけど」

　鷹見の機嫌の悪いことなど、今更気にするでもない伶は、さらりと流して、

「居るんだったら、声くらいかけたらどうだい？」

　と、のんびりと言った。

「……何だか、声がかけづらい雰囲気だったんでな」

　ふいっと、視線を反らせて、それは拗ねたような言葉で。

「まぁ、鷹見さま。焼いてらっしゃるんですか？」

　実は、伶も同じことを思ったが、あえて言わずにおいたことを、メイドは邪気の無い様子で、あっさりと口にした。

「そういうのでは、ありませんのに。ねぇ、伶さま」

　ころころと笑われて、伶は苦笑しながらうなずく。
　鷹見は顔を赤くして、

「ちがっ……、バカ、何言ってんだ。真璃絵、お前、妙なこと言うな……っ！」

　必死に否定するが、否定すればするほど、首まで赤くなっている鷹見に、残念ながら説得力は全く無かった。
　語るに落ちる、ってヤツだな……と伶は思い、だが、さすがに口にはしなかった。
　これ以上、止めをさすこともないか、と思って。
　しかし、ツリーを飾り付ける自分たちを、鷹見がどんな思いで、後から見ていたのだろうかと思うと、こぼれそうになる笑いを、堪えるのが難しかった。

　

「こんな風に、クリスマスの準備をするのは、久し振りだな」

　居間のソファに座ってツリーを見上げながら、ぽつりと呟くと、鷹見は、そうか、とまだ不機嫌な様子で答えて、お茶を飲んだ。

「うん。……大体、準備なんかしなくったって、街のイルミネーションでも眺めて、何か適当に買ってやれば、それで済んでたし」

　多少、懐は痛むけどね、と付け加えて、ビスケットをつまんだ伶に、鷹見は顔を顰めた。

「おい、伶、お前なぁ……」

　苦い顔をした鷹見に、また何か、自分は彼を怒らせるようなことを言ったのだろうか、と伶は思ったけど、鷹見は怒ったりはしなかった。

「そういう、さみしいこと、言うな」

　まるで痛みを抑えるような、顔で。
　哀願するように言われて、伶は不思議な思いで鷹見を見た。

「鷹見………？」
「そういうんじゃ、ないだろ。こういうのは。そうじゃなくて、もっと……」
「もっと……？」
「こう、だれと……、どういう風に過ごすかが……、大切なんじゃないか」

　ぽつぽつと、でも、真摯に話す鷹見を、じっと見つめている伶に気付くと、鷹見は慌てたように、口の中でぼそぼそと、言った。

「ま、まあ、一般論だけどな！」

　それが、あまりに取ってつけた感じだったので、返って、さっきまでの言葉が、鷹見の真意であると主張する結果になっていた。
　どこまでも善良な―――――。

「何、笑ってんだよ、伶……？」
「ん……、だったら、今年のクリスマスは、楽しいものになりそうだな、と思って」
「あ、ああ、そうだな。……あっ」

　しまった、と小さく呟いて、手のひらで口を押さえた鷹見に伶は目線で、問い掛けた。

「いや、仕事が入ってた……」
「ああ、そんなこと」

　伶は、にっこり笑って、気にするなよ、と続けた。

「僕は、僕で、楽しく過ごしてるから。そうだね、真璃絵といっしょに」
「お、おい、伶……っ」
「心配しないでも、ちゃんと君の分の、ケーキのひとかけらくらい、残しておくから」

　駄目押しのように付け加えたら、鷹見は言葉も無く撃沈した。

　

「……待ってるよ」

　すっかり、ソファに沈み込んでしまった鷹見は、その言葉に、のろのろと顔を上げた。
　さっき薄情極まりないことを言ったのと、同じ口で、でも今度は、柔らかい口調で、伶は言った。

「誰と、どんな風に過ごすかが、大切なんだろう」
「あ……、ああ、そうだ」
「だったら、待ってるから。君の仕事が終わるまで」
「いや、いつになるか、わからないし……」

　ぽかんとした顔で鷹見が言うのに、伶はくすくす、笑いながら言った。

「いいよ。待ってるから。君の部屋で」
「えっ、あっ……、わ、わかった」

　面白いぐらいにうろたえている鷹見をよそに、伶は立ちあがった。

「じゃあ、ついでに、君の部屋にも飾り付け、しようかな。……、真璃絵」
「なんでしょう、伶さま」
「鷹見の部屋でも、クリスマスの飾りをしたいんだけど。できる？」
「ええ、もちろんですわ！」

　嬉しそうに、ぱちんと手を叩いて、すぐに準備をしますわね、とメイドは部屋を出ていった。

「お、おい、別に俺の部屋は……」
「………『そういうんじゃ、ない』だろ？だったら、君の部屋も、それらしくしておかないと、盛りあがらないじゃないか」
「………っ！！」

　目を白黒させている鷹見に、伶はきれいに笑って見せて、メイドを手伝うべく、部屋を後にしたのだった。

　

　あなたは、クリスマスを、だれと、どんな風に過ごしますか――――？


Fin.