ラシエルの箱庭SS(鷹見×伶)

木漏れ日

 バスケットをかたかた揺らしながら、前を歩く鷹見に、伶は眉をひそめた。

「もう少し、静かに持てないのか、鷹見。それじゃ、せっかくの真璃絵の心づくしが、台無しになってしまうよ」
「う、うるさいなっ。だったら、伶、お前が持てばいいだろう。何もかも、俺に運ばせやがって……!」
「へぇ。ここじゃ、客に荷物持ちをさせるのかい?」
「……っ。わかったよ、運べばいいんだろ、運べばっ!」

 苦々しい顔をしながらも、結局はバスケットも、レジャーシートも一人で持ったまま、鷹見はすたすたと先を歩く。

『こんなにお天気がよろしいのですもの。外で召しあがった方が、きっと美味しいと思いますよ。
そうですわ!鷹見さまも、お誘いになったらいかがでしょう』

 いつも、にこにこと、働く事が楽しくて仕方がないのだと言う顔の、気立てのいいメイドに、そんな風に言われて、そうだね、と答えたのは、単なる気まぐれだ。
 まさか、真璃絵が、バスケットとレジャーシートを持って現れるとは、予想だにしなかったが。
 テラスにテーブルを出して、昼食を取るものだと思っていたのだ。

「……まさか、ピクニック、だったなんてね」

 しかも、男二人で。
 いってらっしゃいませ、と笑顔で送り出されれば、やっぱり止める、とは言い出せずに、伶は仕方なく、バスケットとレジャーシートを、鷹見に押し付けたのだった。



 木漏れ日が、ちらちらとシートに影を作っている。
 風が梢を揺らすのを、見るともなしに見ていたら、次第に目蓋が重くなってきた。

「伶。少しは、手伝おうって気は、ないのか?」

 レジャーシートを広げた途端に、ころんと寝転がった伶を、鷹見がじろりと見る。

「うん、ない。君がひとりでやった方が、手際がいいだろう。僕は邪魔しないでおくよ」
「お前な……」

 鷹見は溜息をひとつつき、だがそれ以上は何も言わずに、バスケットからサンドイッチやスコーンを取り出して、並べ始めた。魔法瓶に入ったお茶をカップに注ぎ分けたところで、伶は寝転がったまま、サンドイッチに手を伸ばした。

「行儀が悪いぞ、伶」

 手を、ぴしりと叩かれて、伶はようやく起きあがった。
 変わってないな、と思うと共に、ここにこうして二人で顔をつき合わせている事実にも改めて思い至り、伶はふ……っと笑った。

「何、笑ってるんだ」
「ん?いや、ただ、ちょっと。君も、案外、暇なんだな、と思ってね」
「おいっ、暇って……!お前が誘ったんだろうがっ!?」
「だが、承諾したのは君だ。断ったって、僕は別に構わなかったのに」

 くるくる巻いて、赤いピンで止めてある、パンから覗いたレタスが、キャンディーのように可愛いサンドイッチを摘まみながら言うと、鷹見は怒ったように顔を赤くして、カップのお茶をあおった。

「全く、お前は。相変わらず口の減らない……っ」

 コトリ、と立つか立たないかの、微かな音を立てて、カップをソーサーの上に戻す。
 どんなに不機嫌でも、その仕草は相変わらずだった。

「そういう君も。変わらないよね」
「……何が、だ?」

 またくだらないことを言うんじゃないだろうな、そんな目つきだ。

「お茶の、仕度。君は、お茶を入れるのも上手いけど、お茶を飲むのも、上手いよね」
「上手いって……。こんなの、魔法瓶から注ぐだけだろうが。飲むのだって、別に……」

 途端に、声が小さくなってゆく。
 伶の発言は、大概は彼を怒らせてばかりだが、偶にこうして誉めると、可笑しなぐらいに、うろたえる。自分にはない、感情の起伏が――触れずとも――、目に映る様が知りたくて、つい、そっと、気付かれない様にためしてしまう。
 単純なのも、相変わらずだよね、なんて言ったら、今度こそ口をきいてくれなくなるかな、なんて思いながら。

「大体、お前が不器用過ぎるんだよ。何でもそつなくこなすくせに」
「いいじゃないか。その分、君が美味しいお茶を入れてくれるんだから。ね?」
「こういう時ばかり、調子のいい事を言いやがって……」

 憎らしそうに言いつつも、空になった伶のカップに、黙ってお代りを注いでいる。
 何のかんの言いながらも、面倒見のいいところも、変わっていない。

「久し振りに、鷹見とお茶が飲めて嬉しいよ。最も、君は災難だったろうけど」
「災難……?べ、別に、そんなことはないが……」
「そう?無理しなくてもいいんだよ。だって、鷹見。僕の事、嫌いだろう?」

 うつむいて。伶がわざと声を潜めて言うと、面白いくらいにうろたえた声が、上から聞こえてくる。

「いや、別に俺は、お前のことを嫌ってなんか………っ!!」

 顔を上げなくても十分わかる、その焦った様子に、伶は、うつむいたまま、肩を小さく震わせた。
 泣いているようにも見えるその仕草に、ますます焦った鷹見が、慌てて手を伸ばすと、堪えきれなくなった伶は、声をたてて笑った。

「ほんと、相変わらずだよね、鷹見……」
「……うるさい、伶」

 再び横になりながら、実感を込めて言うと、首まで赤くなった鷹見は、ぼそぼそ呟いて、顔をそむけてスコーンに齧りついた。
 真璃絵の天真爛漫な提案に、最初は辟易したけれど。
 時には、こういうのも、悪くないかもしれない。
 次は、望や、真璃絵も誘ってみようか。
 木漏れ日に目を細めながら、伶は思った。



「……おい。寝てるのか、伶」

 聞かなくても、わかってるよ、と言ったら、鷹見はどうするだろうか。
 伶は、ふっと思った。
 伝わってくる熱を、いちいち、読み取ったりも、しなくったって。
 君が、僕を嫌ってなど、いないことくらい。

 頬に触れる温かな熱を感じてまどろみながら、伶は気付かれない様に、こっそりと微笑った。


Fin.