ラシエルの箱庭SS(鷹見×伶)
箱の中の憂鬱
「いい気なもんだな、斎賀。……寮長がついてるヤツは違うな」
一人になりたくて、わざわざ人気のない裏庭にいるっていうのに。
どうして、そっとしておいてくれないかな。
吐き捨てるように言った級友に、反論するのも馬鹿らしく、僕は相手の望み通りの答えを返してやった。
「そうだよ。わかっているのなら、いちいち確認する必要はないだろう?」
「お前ッ……!」
面倒くさい。
どう答えたところで、結局は同じだ。
胸倉を、つかみかかってきた相手に、気付かれない様に、ため息をこぼす。
だが、黙って殴られる気も、毛頭ない。
避けようとしたところで、背後から声がかかった。
「何をしている……!」
ハッと、振り向いた級友は、忌々しげに舌打ちすると、僕をひと睨みして、立ち去っていった。
「やあ。どうしたんだい、鷹見?」
にっこりと。
足早に近付いてきた寮長に、笑顔でこたえる。
鷹見は、先ほど立ち去った彼と同じくらい、苦い顔で僕を見つめた。
「伶。……お前は、自分がトラブルメーカーだっていう、自覚はあるのか?」
「心外だな。僕ほど、穏やかに学園生活を営みたいと思っている、人間はいないのに」
「そう思うんだったら……ッ!」
「そうだろう、鷹見」
まだ何か、言いたそうにしている鷹見を遮って、僕は続けた。
「やっと、あの家を出られたのに」
九条の、家から。
九条の、監視下から―――。
「伶……」
言外に含んだニュアンスを感じ取ったのか、鷹見は言葉をつぐむ。
こう言えば、彼は何も言えなくなる。
わかっていて言ったのに、あまりにも予想通りの反応を見せられて、渇いた笑いがこみ上げてくる。
「君のせいでもあるんだよ、鷹見」
黙りこんだ彼に、更に続ける。
「寮長が特別視してる。そう、思われるのも、無理ないだろう?」
「何だと?そんなわけ……」
「放っておいてくれないか」
さっと、顔を赤くした鷹見に、たたみかける様に、告げる。
「君には関係ない」
「……関係ないだと?か、関係ないわけあるかッ!?お前は、伶……、お前は……、九条家に縁の人間なんだからな!」
だから、勝手に問題を起こされては困る?
自分の目の届かないところで?
そう、言おうかと思って、やめた。
……面倒くさい。
「とにかく、お前も少しは自分の言動に、気をつけろ!原因が自分にもあると、わかっていないとは、言わせないからな、伶!」
湯気が立ち上りそうな顔で、鷹見は言いたい事だけ言うと、来た時と同じくらい、せわしない足取りで行ってしまった。
「馬鹿馬鹿しい……」
立て続けに浴びた、激しい感情の波に、うんざりする。
好意も、悪意も、同じくらいにわずらわしい。
そっとしておいてほしい、という願いは、到底、叶いそうにない。
九条の家よりはマシか、と思っていたのに…。
それとも、あのひとは、こうなることを見越して、ここに僕を放りこんだのだろうか?
あり得なくも、ないな。
結局は、籠の中の鳥。
逃れられない―――。
「それにしても、鷹見の、さっきの顔……」
憂鬱な思考を振り払って、先ほどの鷹見を思い出す。
やかんを頭に乗せたら、湯が沸かせてしまいそうだった。
言いがかりをつけてくる級友や、言い寄ってくる上級生によりも、きついことを言っている。
自分でも、その自覚が、ある。
「それなのに……」
明日になれば、何もなかったように、話しかけてくるのだ。
今日、こんなにも怒っていた、というのに。
「それだけ、僕のことが、気に食わない、ってことなのかな?」
呟いて、首をかしげる。
よく、わからない。
わからないけど―――。
「物好きだな」
僕には到底、真似できないな。
そう、思いながら、僕も、寮へと踵を返した。
知らず、こみ上げてくる笑いを、押さえながら。
Fin.