ラシエルの箱庭SS(鷹見×伶)

Tea for you

 青磁のカップに、琥珀色の液体がよく映える。それを持つ、白い指先も。
 ―――なのに。

 

「渋い。」

 顔を顰めた少年に、やはり似たような年頃の少年は、そう?とばかりに、軽く首をかしげた。

「飲めなくはない、と思うよ?」
「飲めなくは……って、伶。お前なぁ…」

 父親秘蔵の青磁のティーカップを手にした姿は、まだ十いくつかの子供だというのに、嫌味なくらい、様になっているというのに。

(どうして、こいつの入れる茶は、こんなにマズイんだろう……)

 まるで仕事が趣味のような、九条家当主の、意外な趣味が、お茶で。
 ただ飲むだけではなく、手ずから入れて、客人に振舞う事もある。
 その影響で、九条家の子供たち――跡取息子の鷹見と、訳あって預かっている遠縁の少年――も、茶をたしなんでいるのだが。
 大概の事はそつなくこなす、この遠縁の少年――斎賀伶は、何故かお茶を入れることだけは、どうにも苦手なようだった。

「飲めれば、いいじゃないか」

 お茶請けのビスケットを摘まみながら、何でもないような顔で伶は、渋いお茶を、優雅にすする。
 どこから見ても、繊細そうに見えるこのキレイな少年に、案外大雑把なところがあるのに気付いたのは、最近だ。

「そういう問題じゃ、ないだろ!貸せ!俺が入れなおす」
「……そう?鷹見がそうしたいんなら、僕は構わないけど」

 

 ひょうひょうとした顔で、さらりと返されると、理不尽な怒りが沸いてくる。

(バカにしてんのか?こいつ……)

 なまじ整った顔だから、余計馬鹿にされているような気分になって、こういう風に言われると、三回に一回は、怒鳴り返してしまう鷹見だった。
 でも。

(………怒ったって、茶がまずくなるだけだし)

 おまけに、伶は、鷹見が怒ろうがどうしようが、全く、意に介していないのだ。
 気にしてるのは、自分だけ。

(………嫌味なヤツだよな、ホント)

 それも、どうしようもなく。
 人形みたいにキレイな顔で、頭もよくって……すごく、すごく、イヤなヤツ。

 

 ポットに残った茶葉を処分して。
 ポットと、カップをあっためて。
 ティースプーンで新しい茶葉を、量って、入れて。
 お湯を注いで。
 蒸らして。
 カップに注ぐ。
 それだけ。

(それだけ、だろ。なぁ……?)

 父に仕込まれた、一連の作業を、手際よくこなしながら、先ほど、同じことを繰り返した結果の、伶の入れた茶の味を、思い出す。

(なんで、あんなに渋くなるかな……)

 あれも、一種の才能なのだろうか。
 お茶を、まずく入れる、才能。

 

「ほら……入れたぞ、伶」

 湯気の立ちのぼるカップを、向かいに座る伶に、差し出す。
 優美な曲線を描く取っ手を、伶の、白くて細い指が、そっとつまむ。
 一口ふくんで、

「美味しい」

 ふわりと。
 ほころぶような、笑顔を、伶は浮かべた。

「そっ……、そうだろうっ!」

 思わず、見惚れてしまった事を悟られたくなくて、早口で答えて、鷹見はビスケットを二枚、急いで口に放りこむ。

「お腹空いてるの?」

 不思議そうに伶が問うのには、鷹見は、自分で入れたお茶を、味もよくわからないまま、飲みこむ事で誤魔化して、答えなかった。

 

 青磁のカップに、琥珀色の液体がよく映える。それを持つ、白い指先も。
 ―――なのに、お茶の仕度は、ちっとも、上手くない。
 結局、自分で入れて、飲むことになるんだけど……。

 

(お茶の時間は、嫌いじゃ、ない)

 

 これだけは、父親に似てよかった、と。
 不器用な少年の、華奢な指先を、こっそり見ながら、鷹見は思った。


Fin.