コイビト遊戯SS(滝沢×裕太)
酔わせてみたい
生活感のないキッチンに、それでも一応置いてある冷蔵庫を開けて、裕太は見慣れた、緑色のボトルを取り出して、軽く振った。
「滝沢って、いっつも、これ飲んでるんだな」
ちゃぷんと水音のするそれは、酒ではなく、ミネラルウォーターだった。
「んだよ、悪いかよ」
「別にー。そんなこと、ないけど……」
ソファにだらしなく、怠惰な猫のように横たわった部屋の主が不機嫌な声で言うのに、裕太は首を振った。
「でも、なんだよ」
「や、だってさ。いかにも、酒いっぱい、入ってそうじゃん。お前の冷蔵庫。飲まないの」
「あぁ?どーだって、いいだろ、んなの」
半身を起こしてこっちを向いて、じろりと睨まれた。
はっきりと否定しなかった滝沢に、裕太は驚いて声を上げた。
「え!まさか、ホントに、飲まねぇの?ってか、飲めない?」
「るっせーな……。だったら、どーだって、言うんだよ」
図星、らしい。
意外だ。意外すぎる。
思ったけど、口に出さなかった言葉は、素直すぎるその表情で、バレバレだったらしい。
滝沢は、ますます不機嫌な顔つきになった。
「飲めねぇことは、ねぇ。ただ、好きじゃないだけで……って、何笑ってんだ、テメー」
「だってさー、なんか、可愛くって」
「はぁ?」
「見るからに遊び人でさ、実際遊んでる滝沢が、飲めないなんて。誰も思わないよ」
「テメー……。それ以上言ったら、犯す」
ゆらり、と立ち上がった滝沢に、危機感を覚えて、裕太は慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと、落ち着けよ。もう言わないから。ってか、いいじゃん、飲めなくったって。俺だって、飲めないんだからさ」
「あー。そういえば、んなこと、言ってたな、お前。全然なのか?」
「んー、どうだろ。すぐ前後不覚になっちゃうみたいでさ。覚えてないんだ。諒は、人前では絶対飲むなって言うし」
「廣瀬……?」
「なんかすっごい、メーワクかけちゃったみたいでさ。諒に厳重注意されてんだ。だから、飲まないことにしてる」
「ふーん。廣瀬。廣瀬、ねぇ……?」
「な、何、滝沢……?」
立ち上がって、こっちに歩いてくる滝沢は、非常に、不穏な顔つきをしている。
ぱっと見、いつもと変わらないようだけど、裕太にはそれがわかった。
(俺、なんかこいつ怒らすようなこと、言った!?)
「藍川。お前、酒、飲め」
「え?何言って……」
「確か、この辺に、前押し付けられたウイスキーが……ああ、あったあった」
グラスを取り出すと、ボトルから琥珀色の液体をぼとぼと注ぐと、裕太が持ったままだったミネラルウォーターのボトルを奪って、水で割った。
「今すぐ飲め」
そして、問答無用で、裕太に突き出す。
「だ、だから、オレ、飲めねぇって……」
「いいから、つべこべ言わずに飲め。飲まないと、いますぐ犯す」
「なっ、何、むちゃくちゃ言ってるんだよ、滝沢!」
「……おかしいだろ、大体」
「だから、何の話だよ」
「廣瀬廣瀬ってさ、無神経なんだよ、お前は。ここがどこで、誰と一緒にいるか、わかってんのか、藍川」
「わ、わかってるよ。滝沢の部屋で、滝沢と一緒に居るんだろ……」
「いーや、わかってねぇよ、お前。わかってねーから、そんな、コイビトの前で、他の男の名前なんかほいほい出せるんだよ」
「それとこれとは関係ないだろ……!諒は、ただの幼馴染なんだし」
「ただの、ねぇ。どーだか……」
だるそうに前髪を書き上げて言われて、裕太はムッとする。
「疑ってんのかよ!ひでぇ!」
確かに、諒とはフリで、コイビト同士だったことがあるがあくまでもフリはフリだ。
疑われるなんて、心外過ぎる。
「そー思ってんだったら、飲め。飲んだら、信用してやる」
「わけわかんねー……」
全く持って、理不尽な言い様だが、とにかく言うとおりにしないと、この場は済みそうにない。
「どうなっても知らないからな」
「ぶっ倒れたら、介抱してやるから、心配すんな」
「あーっ、もうっ!」
観念して、裕太は、目の前のグラスを一気に飲み干した。
グラスを干した裕太は、一見、飲む前と変わりなかった。
顔色も変わらないし、倒れたりもしない。
「……んだよ、結構、飲めんじゃねぇの、お前」
……と、滝沢が、思うくらいには、普段どおりだった。
「美味〜い!さっすが、滝沢の酒は違うなー。なあなあ、もう一杯、飲んでいい?」
「あ、ああ、いいぜ……って、藍川、おま、それ、生のままでいく気か!?」
ボトルをひったくった裕太は、並々とグラスのふちまでウイスキーを注ぐと、ぐびぐびと飲んだ。
「ちょ、いくらなんでも、強すぎだろ。割れよ……」
呆れて言う滝沢に、裕太は、にっこりと微笑みかけた。
「なんだよー、滝沢が、飲めってー、言ったんじゃん?」
「そ、そうだけどよ……。お前、もしかして、酔ってる?」
顔色は変わらない。ふらふらもしていない。
だが、確実に、酔っていた。
「酔ってない、酔ってない。酔ってないから……しよ?」
「はぁ?何言って……」
「何か、オレさ、体が熱くなってきちゃった。ふわふわして、キモチいいの。だから、もっと、キモチいいこと、したくなってきた」
ボトルとグラスを近くのテーブルにコトリと置くと、裕太は滝沢の手を引っ張って、さっきまで滝沢が寝そべっていた、ソファに導いた。
展開についていけない滝沢は、思わずなすがままだ。
「今日は、オレが、ぜーんぶ、やってあげるから。大サービスだよ?」
「は、だから、何言ってんだよ、藍川……」
やはり、酔っているようには見えない顔つきで微笑む裕太は、戸惑う滝沢を、ソファにゆっくりと押し倒した。
カチャカチャと、ベルトを外す音が聞こえてきたところで、滝沢ははっとして、慌てて身を起こそうとしたが、酔っ払いのどこにこんな、と思う程の力で押さえてくるので、立ち上がれない。
「遠慮すんなって、滝沢。全部、オレに任せてくれればいいんだ……。天国に、いかせて、あげるから」
「なっ、やめ、藍川……っ!」
弱いところを愛撫してくる指先は、むしろ素面の時よりも的確だった。
「ふふっ、やめないよ。だって、ホントは、やめてほしく、ないでしょ……」
「ん、あっ、ちょ、藍川、そ、そこはっ……」
裕太の細い指が、普段、自分でも触れないような場所へともぐっていきそうになって、滝沢は本気で慌てた。
「ここ、キモチいーんだよ?滝沢、知らないんだよね。オレにはいっつもシテるのに。今日は、オレが、教えてあげるから……」
「いっ、いい!教えてくんなくていーから!マジ、勘弁……!!」
まさか、酒でこんな事態に陥ろうとは思いもしなかった滝沢は、藍川に飲ませてしまった先程の自分を、心底呪った。
(冗談じゃねぇ!洒落になんねぇよ、これ……!!)
一刻も猶予のならない事態に、滝沢が渾身の力で押しのけようとした、その時。
「すー。すー。すー。……むにゃむにゃ」
のしかかる力がくたっとぬけた。
聞こえてくるのは、幸せそうな寝息だ。
「た、助かった……」
ほっと息をついて、滝沢もくたりと力をぬいた。
「それにしても、こいつ……」
自分の股座に顔をうずめるようにして眠る恋人を、滝沢は苦笑して見詰めた。
「とんでもねー、酒乱……」
翌朝。
「なあ、オレ、酒飲んで、どうなったんだ?飲んだら、記憶飛んじゃうんだよなー」
「………」
すっきり爽やかな笑顔で問いかけてくる裕太に、滝沢は脱力しそうな視線を送る。
「ん?どしたの、滝沢」
「飲むな」
「え?」
「お前は、一滴も飲むな。人前では絶対飲むな。俺の前でも飲むな」
「な、なんだよー。結局、お前も同じ事言うんじゃん」
「言わざるをえないだろ……」
「そんな、メーワクかけちゃったの、オレ?ゴメン……」
しゅんとした裕太は、顔色だけ見ると、酒を飲んだ時も変わらなかった。
その、中身を除いて。
「ムリヤリ飲ませて、悪かった。これからは、ぜってー、飲ませねーから」
顔を引き寄せて、まだ少しだけ酒の匂いの残った唇に、キスをした。
甘い唇を味わいながら、家中に残った酒の処分を固く誓った、滝沢だった。
Fin.