コイビト遊戯SS(芳賀×裕太)
カラオケ遊戯
照明を落とした薄暗い部屋にいるのは、学校帰りと思われる男子学生二人。
テーブルの上には、こっそり外部から持ち込んだお菓子とジュースが散乱している。
狭い個室に、ハスキーな声が売りの女性シンガーのポップな歌が響く。
少し長めの前髪をサイドでピンで留めている少年が、歌い終わってマイクを下ろすと、傍に座っていたもう一人の少年――体格的には、もう青年と言っても差し支えのない――と、ばっちり目が合った。
「ちょ、何だよ、芳賀。そんなじーっと凝視するなよ!」
「え、あ。ゴメン。ガン飛ばす気はなかったんだけど……」
言われて初めて気付いた、という風に、芳賀は膝の上の歌本に、慌てて目をやった。
ぱらぱらとめくるが、選ぶ曲名は、当然、全く頭に入ってこない。
「だってよ、藍川。お前、なんかさ……、や、何でもねぇ」
「言いかけて止めんなよ。オレが何だっつうの」
「あー。じゃあ、言うけど。怒るなよ?」
「怒んない。怒んないから、言ってみ?」
「今、一瞬、お前が、すっげー可愛い女子に見えた」
「はぁ!?」
予想外の台詞を耳にして、裕太は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「お前、アタマ、ダイジョーブか?」
あきれ果てた問いかけに、芳賀はムッとして、歌本から顔を上げて裕太を軽く睨んだ。
「お前は、自分で自分が歌ってるとこ、見えねーから、んなこと言えるんだよ!」
「そりゃ見えるわけねーだろ。こんな安カラオケにカメラやスクリーンがあるわけじゃねーんだから。っつか、フツーに歌ってるだけで、何故その発言。わかんねぇ」
ほら、次お前の番、とマイクを手渡し、その隣に座りながら、裕太の頭の中は疑問符で一杯だった。
「やっぱ、二人でカラオケってのが微妙なんじゃね。いくら、金ないからってさ」
ぬるくなった缶ジュースの残りを飲みながら、スナック菓子をつまむ。
裕太の認識では、カラオケはもっと大人数でわいわい歌う、というイメージだ。
「別にいいだろ、二人カラオケでも。最近じゃ、一人カラオケってのも流行ってるらしいし」
「へー。そうなの?一人でカラオケなんて、寂しそうで、オレはヤだなー」
「藍川はそうだろうな……って、そんなん今どーでもいいんだよ。オレが言いたいのはな、藍川がそのツラと声でオンナの歌うたうのは、ヤバイってことなんだって!」
いつもながらのデカイ声で芳賀は力説するが、何を言いたいのか裕太はさっぱり理解できない。
「意味わかんねーんだけど」
「だからさー、何つうの?藍川のそのカワイー顔で、オンナの歌を、しかも恋の歌なんかを澄んだ裏声なんかで歌われるとなー。こう、どうにもたまんねー気分になってくるっつーか」
「芳賀、お前な……」
頬を染めてそんなこと言われても。
裕太は、さり気なく芳賀から距離を置いた。
「まぼろしのスカートが見えてくるっつーか」
裕太は、あからさまに、芳賀から距離を置いた。
「おい、藍川!なんでそんな離れてくんだよ!」
「ッたり前だろ!今、お前明らかに、変だもん!」
「ひでぇ!そんな、人を変態みたいに言うなよ!藍川のせいだろ!」
「オレのせいかよ?ただ、流行の女性ボーカルの歌うたっただけだろ!大体、オンナの歌なんだから、地声で歌ってないってだけだろ。芳賀、お前トリップし過ぎ!!」
「しょうがねぇだろ!目の前で藍川が、切ない恋の歌なんか歌ったら!オレに歌われてるみたいに思うだろ!」
「思うなよ!」
ヒートアップし、次第に二人とも何を言いたいのかわからなくなってくる。
曲の途切れたカラオケ機器の画面からは、ランダムで切り替わる映像が光って、個室を照らしていた。
「………」
「………」
沈黙が流れた後、裕太は、小さくため息をつくと、芳賀の傍に近寄った。
ソファに置かれた手に、そっと自分の手を重ねる。
「歌なんかで伝えなくったって、オレ、芳賀のこと好きって言えるよ」
「……っ!藍川!」
がばり。
と、音がしそうなくらいの勢いで、芳賀は裕太を抱きしめた。
「く、苦しいって、芳賀!」
体育会系の抱擁に、息が止まりそうになった裕太があえぐと、芳賀はワリィ、とすぐに力を緩めた。
至近距離で、裕太の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「そーだよなっ!歌わなくったって、藍川、オレのこと、好き、なんだよな?」
「うん。好き」
「そっか。オレも、藍川のこと、大好きだぜ!」
叫んで、唇を重ねられた。
「んっ……」
ぺろりと、下唇をなめられ、くすぐったくで開けた口に、すかさず舌が入ってくる。
裕太の舌を絡みとって、それは違う生き物のように、口の中を暴れた。
「ん、あっ、ちょ、ちょっと待……!」
そのまま、ソファに押し倒されそうになって、うっとりと目を閉じかけていた裕太は、慌てて芳賀にストップをかけた。
「なんでだよ……、いいだろ?」
「いいわけあるか!ばかっ!」
このまま流されてたまるかと、裕太は渾身の力で芳賀を引き離した。
ちょっと雰囲気が出たからって、こんな場所で最後まで、出来るはずがない。
「カラオケボックスは!歌うところであって!それ以外のことはしないのっ!」
きっぱり断言すると、芳賀はしぶしぶ、裕太の身体を離した。
「うっ……わかったよ。しねーよ、ここでは」
「そうそう、わかればいーんだ、わかれば」
「じゃあ、そーゆーことで、場所変えようぜ」
「うんうん、場所変え……えぇっ!?」
話は終わった、とばかりに裕太の手を取って立ち上がった芳賀に、ワンテンポ遅れて裕太は叫んだ。
「変えるって、変えるって……どこに?」
半ばわかっていても、確認してしまう。
「んなの、決まってるだろ。このままじゃ、治まりつかねーもん」
「芳賀、お前な……」
悪びれずにニカッと笑う芳賀に、裕太は顔を赤くする。
芳賀のことは好きだけど、スイッチの入りやすい芳賀の身体には、まだ慣れそうにも無い……。
「ここから一番近いとこでいいよな?」
「もう、好きにしろ……」
すっかり脱力した裕太は、手を引かれるままにカラオケボックスを後にした。
目指す場所まで向かう途中で、手を繋いだままの芳賀が振り返って、ちょっと照れたように笑って、とんでもない事を言い出した。
「なあ、藍川。ちょっと頼みがあるんだけど」
「……何」
「今度さ、オンナの服着て、さっきの歌、歌ってよ」
「はぁ!?」
「ぜってー、似合うって思うんだよ〜。なっ!ボックスがイヤだったら、ホテルでもいーから」
ばかなこと言うな、と怒鳴ろうかと思ったが、芳賀の顔は結構真剣だ。
女装して、オンナの歌うたえって、それって……。
「芳賀って……」
爽やかなスポーツマンだ、ってつい最近まで思ってたんだけど。
ただの友人同士だったら一生見えなかったであろう面が、少しずつ見えてきたことは確かだ。
喜ぶべきことか、悲しむべきことか、判断に迷う。
「ヘンタイ……」
「なっ!?い、いいだろ、そんくらい!」
それでも、知らなかった一面を知ったことで、芳賀を嫌いになることは、なかった。
むしろ、ちょっと面白いかも……と思い出している自分は、ヤバイのかもしれない。
「……考えとく」
「ホント?やりぃ!」
だから、妙な提案をして無邪気に喜ぶなよー、と口には出さずに裕太は突っ込む。
実は全然、爽やかでも健全でもなかったバスケット部エースと裕太のコイビト関係は、まだ当分、続きそうだ。
もしかしたら、これから先も、ずっと。
どっちの方向に進んでゆくのか、はなはだアヤシイところでは、あったけど。
Fin.