コイビト遊戯SS(和泉澤&裕太)
幼馴染
主のいない部屋ってなんか落ち着かないんだけど、先に櫻井の部屋に入っていていいって言われたので、ボーっと突っ立ってたら、和泉澤さんと遭遇した。
「あれ、藍川君、来てたんだ」
いつもの、人のよさそうな笑顔で挨拶されたんで、はあ、まあ、なんて我ながらアタマ悪そーな返事をしてしまって、ちょっとだけ、シマッタ、とか思ってみたり。
オレには、ムズカシすぎて、さっぱりわけわかんなさそーな本がぎっしり詰まった本棚に、和泉澤さんは真っ直ぐ向かって、迷わず一冊の本を抜き出した。
「仲、いいんだね、啓寿と」
振り返って、やっぱり笑顔で尋ねられる。
笑顔なのに、何故か圧力を感じるのは何故だ……?
「え、はい。仲、いいと思います、たぶん」
「たぶん、なんだ?」
「あ、えーと、その……。櫻井、クラスのやつらと、あんましゃべってなくて。でも、オレとは結構しゃべってくれるから、そういう意味では仲いいって思ってるんですけど。和泉澤さんの方が全然、仲いいと思いますよ」
静かに問われているだけなのに、何故か焦って、オレは答えた。
改めて、櫻井と仲いいかって聞かれるとは思ってなかったから。
部屋に遊びによんでもらえるくらいには、仲いーと思ってるんだけど、櫻井がどー思ってんのかなんて、イマイチ、わかんねーんだよなあ……。
「僕なんかより、君との方が仲いいと思うよ。僕は、ただの幼馴染だからね」
家族同士の付き合いもあるから、と付け加える。
「家族ぐるみ……じゃあ、オレと諒みたいなもんですね。あ、諒って、オレの幼馴染なんですけど」
「へぇ。君の、幼馴染、ね……。どんな子なんだい?」
「いいヤツですよ。ちょっと、口うるさいんですけど。今、すげー、世話になってるから、そんなこと言っちゃいけないんですけど、たまに、ハハオヤみたいって思いますもん」
「ははっ。母親みたい、ね。何だか分かる気がするよ。君みたいな可愛い幼馴染がいたら、あれこれ口出ししたくなっちゃうんだろうな」
「えー。オレ、可愛くなんかないですよ!」
「そうかな?そう思ってないのは、たぶん君だけだと思うよ。自覚がない分、やっかいだな」
冗談とも、本気ともつかないことを、さらりと言われて、どう反応を返したらいいのかわからなくて、オレはあいまいに笑った。
とりあえず、話を変えようと思って、質問してみる。
「可愛いって、だったら、櫻井はどうなんですか。今はでっかくなっちゃって、可愛いっていうよりカッコイイって感じですけど、櫻井。小さな頃は、可愛かったですか?」
「啓寿の小さい頃?そうだな……うん、可愛かったよ。ちょっと人見知りというか、気難しいところがある子なんだけどね。そういうところも含めて、啓寿は可愛かったよ。僕には、懐いてくれたしね」
櫻井の小さい頃……う〜ん、自分で話をふっておきながらアレだけど、想像つかない。
今と同じで、泰然とした感じ、だったんだろうか。
いや、小さな頃からそんなわけないか?
「ふふ。啓寿が可愛かった、なんて言っても信じられないかい?」
「や、あ〜、そんなこと、ないですけど……」
オレの貧相な想像力がおっつかないってだけで。
「結構ね、純粋なんだよ、啓寿は。そういうところは、今も変わってなかったりするんだけどね」
「それは、何か分かる気がします。小鳥のゲルプにも、すげー優しいし」
櫻井は、ちょっと付き合い辛そうに見えるけど、話しかけたらちゃんと応えてくれるし。
ゲルプを世話する姿は、とても優しい。
騒いだりしないってだけで、イイヤツだって、思う。
純粋……ってのとは、違うかもしれないけど、少なくとも不純って感じは、全然、しない。
「そう……。藍川君は、啓寿のこと、わかってくれるんだね。嬉しいよ」
「あ、はあ、ええと、その……友達、だから」
正面切って言われると何だか照れる。
思わず、普段だったら気恥ずかしくって言えないようなことを口に出してしまった。
「友達、か。友達、ね……」
「あの……、和泉澤さん?」
口調は穏やかなままなのに、どうしてだか、微かな違和感を覚えて和泉澤さんを見ると、何も言わずにただ微笑みを返された。
オレ、なんか、まずいこと言った……?
急に、わけもなく不安を感じて、落ち着かなくなってきたところに、この部屋の主である櫻井が、手にカップとお菓子が乗ったお盆を持って入ってきた。
「なんだ、大貴。来てたのか」
「うん。こないだ約束してた、これを借りにね」
手に持った本を軽く振って、和泉澤さんは、櫻井とすれ違う。
そのまま帰っていきそうだったので、オレは慌てて、後姿に声を掛けた。
「あの、和泉澤さん……っ!」
「何?藍川君」
「櫻井も来たんだし、もう少しここに居ても……オレ、すぐ、帰りますし」
「いいんだよ、気を遣わなくても。僕は本を借りにきただけだから。じゃあね、啓寿。藍川君、またね」
最後まで、穏やかな笑みを絶やさないままで、和泉澤さんは、帰ってしまった。
「藍川。大貴と、何を話してたんだ?」
ソファに腰掛けて、櫻井のお姉さんが作った美味しいマドレーヌと紅茶をご馳走になる。
相変わらず美味いな〜!なんて噛み締めてた時に櫻井に問われたので、オレはちょっとつまった。
「何って……別に、たいした事じゃないよ。櫻井と和泉澤さんが幼馴染で、オレと諒と同じですねってこととか」
「ふうん……他には?」
「だから、たいした事じゃないってば。後は、そうだな、櫻井の子供の頃は可愛かったって」
「何だそれは。それを言うなら、藍川の方がよっぽど可愛かっただろう」
「だから、オレ、可愛くないって!」
「……大貴からも、可愛いって言われたのか」
「えっ。ああ、まあ、そんなカンジ……。どうしたの、櫻井?」
「いや……」
ふいに黙り込んでしまった櫻井に、オレはちらりと視線をやった。
丁寧に入れられた紅茶を、一口、すする。
「大貴は、お前の事、気に入ったのかな」
ぽつりと、そんなことを言われて、俺は首を傾げる。
「さあ、どうだろ……。どっちかって言うと……」
「言うと?」
言いかけて、言いたい事がわからなくなって、オレは答えを探した。
「……和泉澤さんは、櫻井のことが、大事なんだって、思うよ」
出てきた言葉は、聞かれたものの答えとはずれていたけど、他の答えは見つからなかった。
「幼馴染って、いいよな」
実感をこめてつぶやくと、櫻井はわずかに目を瞠って、静かに紅茶を口にした。
「ああ……、そうだな」
櫻井も穏やかに頷いてくれたから、さっき部屋から出て行った和泉澤さんの微笑が、何故だか恐ろしく感じたのは、オレの気のせいなんだって、思うことにする。
…………そうだよな?
Fin.