コイビト遊戯SS(櫻井×裕太)

  綺麗  

「そういえば櫻井ってさ、どんな写真撮ってるの?」
 櫻井以外、誰もいない写真部部室で、二人プラス一羽で昼飯をつつきながら、オレはふと気になって、尋ねた。
「いちおー、ここ、写真部なんだよなあ……」
 の、割には、櫻井があんまり写真撮ってるとこも、カメラいじってるとこも、見ねぇし。
 まあ、写真は、部室の中では撮らないかもしれないけどさー。
「ああ……。見せた事、なかったか?」
 櫻井は、箸を置いて、傍らのキャビネットから薄い冊子を取り出した。
 あ、あんなとこにアルバムがあったんだ。
 何冊か立てかけられていたその存在に、オレは今日、初めて気付いた。
「見るか?」
「うん、見る」
 手渡されたアルバムを、めくってみた。
「わあ……」
 高く澄んだ青い空や、夕暮れに染まってたなびく雲。
 漣が、寄せては返す白い波。
 無機質なのにどこか美しく感じられるビル郡。
 遠景で撮られた、街の風景……。
 アルバムには、櫻井が撮ったのであろうさまざまな写真が収められていた。
 オレ、写真の事なんて、何もわかんねーけど、どの写真も、綺麗だ、と思った。
 とても綺麗で、なのに、何故か………。
「ん〜……」
 首を、傾げる。
 櫻井が撮ったその写真は、確かに綺麗で、どれもよく撮れていると思うんだけど。
「どうした?藍川」
 そんなオレの様子を、櫻井が不思議そうに見ていたので、今、感じているもやもやした気持ちを、何とか口にしてみようと、考える。
「あのさ、櫻井。え〜と……」
 空に、海に、街の風景。
 静かで、綺麗な、写真たち。
 でも、何かが、足りないような気がするのは、何故だろう……。
「あ!そうだ!」
 わかった。
 オレが、この写真に、足りないって、思うもの。
「人だ!」
「人?」
 ぽん、と手を打ったオレを、櫻井はますます不思議そうな顔で見ていたので、オレは勢い込んでしゃべった。
「そうだよ、人が足りないんだ。ねえ、櫻井。どうしてこの写真には、人間が写ってないんだ?」
 風景写真だから。
 そう言われちゃえば、それだけなんだろうけど。
 めくってもめくっても、自然や無機物しか写っていないし。
 でも、何か、それが理由って感じが、しねぇんだよな……。
 ただの、勘だけど。
「人間は……美しく、ないからな」
 ぽつり、と呟いて、櫻井は籠からゲルプを出した。
 ゲルプは、嬉しそうに櫻井の指に止まって、チチチ、と鳴いている。
「だから、撮りたくない」
 きっぱりと、切り捨てるように続けた。
「ふうん……」
 何を写真に撮るかなんて、それこそ櫻井の自由なんだし。
 何を美しいかと思うのかだって、櫻井の自由……ってか、感性?ってヤツなんだろうし。
 だから、それにオレがとやかく言うのは、おかしいのかもしれないけど。
 でも。
「それって、何か、寂しく、ねぇ?」
「え……?」
 オレって、余計なこと、言ってるのかもしれない。
 余計っていうか、生意気っていうか、大きなお世話っていうか……。
 だけど、言わずにはいられなかったんだ。
「櫻井が、さ。風景を撮るのがすきで、そういう写真を撮るっていうなら、それはそれでいいんだろうけど。でも……、人間が、美しくないから、キタナイから、だから風景を撮ってる……って、言うんだったら。何だか、それって寂しいよ、オレ」
「どうして……。藍川が、寂しくなるんだ?」
 そうだ。
 何で、オレが寂しくなるんだろう。
「どうしてって……。どうしてなのかな。よく、わかんねぇけど……」
 理由を、考えてみる。
 櫻井の写真を見て、綺麗だけど、寂しく感じた、その理由を。


「………切り捨てられる、気がして」
 こぼれた言葉が、思ったより弱々しくなって、オレは内心、舌打ちする。
 情けねぇ。
 ほら、櫻井のヤツ、きょとんとした顔、してるじゃねぇか。
 こんなん、被害妄想なんだよな。
 そんなこと言われたって、櫻井が、困るだけだ。
 それもちゃんと、わかってるんだけど。
 オレは、上手く言いつくろう言葉を探し出せない自分が、歯がゆかった。
「切り捨てる?……俺が、藍川を切り捨てるってことなのか?」
 ありえないだろう、と櫻井は静かに続ける。
 うん、わかってる。
 櫻井は、そんなヤツじゃないってことも。
 でも、なんか、さ。
 この、静かで、綺麗な写真を見てっと、なんか、どうしても。
「キタナイから、櫻井は、人間を撮らないんだろう。だったら、いつか……」
 今じゃなくても、いつか。
 遠い未来じゃない、いつの日にか。
「オレも、櫻井から、キタナイモノって、思われて、櫻井のフレームから、外れていくのかなって」
 そんなこと、ない。
 そんな日が、くることない。
 そう思いたいのに、この写真を見てたら、何故かそう断言できないんだ。
 綺麗で、とても綺麗で。
 でも、オレは、ちっとも、綺麗なんかじゃないから。
 今はそれに櫻井が気付いてないだけで。
 気付かれてしまったら、櫻井は、オレのことなんか、見向きもしなくなるんじゃないかって。
「……怖くて」
 すごく、すごく、怖い。
 眼鏡の奥の、綺麗な瞳が、オレを空気を見るみたいに、通り過ぎてしまう日が、来るんじゃないかって。
 そう思ったら、怖くて……寂しくなる。


「藍川は、汚くなんて、ない」
 櫻井は、いつもと変わらない落ち着いた、静かな口調で、なだめるように言った。
 それが、なんだか無性に、癪に障った。
「なんで、そんなの、櫻井にわかるんだよ!?オレは、キタナイよ。櫻井が、知らないだけで!」
 気付いたら、オレは櫻井に、怒鳴っていた。
 こんなの、ただの八つ当たりだって、わかってたけど。
 拳をぎゅっと握り締めて、膝に押し当てた。
 櫻井の顔が見られなくて、オレは自分の手を、じっと見てた。
「藍川が汚いんだったら、綺麗な人間なんて、誰も居ない」
「っ!だから、どうして……、んっ」
 顔を上げたら、櫻井の顔が近づいて。
 ドアップに驚いてたら、そのまま、キスされた。
 ちゅ、って、軽く。なだめるみたいに。
 櫻井は、ゲルプを籠に戻すと、オレの顔を正面から見詰めた。
 目が、反らせなかった。
「何が綺麗で、汚いかなんて……、結局は、ただの主観だ。俺は、自分が綺麗だと思うものが、綺麗なんだって、思ってる。それだけだ」
 頬を、するりと撫でられる。
 ふっと、口元に、微かな笑みを浮かべた。
 オレを見詰める瞳が、何だかとても優しくて、まるで慈しんでいるみたいで、ドキドキ、した。
「藍川は、綺麗だよ。俺にとっては、何よりも。ずっと」
「………」
「信じられない?」
 信じたい。
 ホントに綺麗かそうじゃないかなんて、関係なく、ただ、櫻井が綺麗だという、その言葉を。
 そしたら、きっと、安心、できるから………。
 
 
「じゃあ、撮ろうか」
「え?」
「写真。他の人間の写真を撮る気にはならないけど、藍川の写真だったら、撮りたい」
 オレの持ってるちゃちなデジカメより、本格的な感じのカメラを取り出して、構える。
 フレームには、ちゃんと、オレが入っているんだろうか。
「俺の、綺麗な藍川を。……撮らせて、くれるか?」
 穏やかで、優しい、大好きな、櫻井の声が、耳に届く。
「うん……。撮ってよ、櫻井」
 オレの写真を、撮ってよ。
 自分のことが綺麗だなんて、ちっとも、思えないけど。
 知りたいんだ。


 パシャリ、とシャッターが切られた。
 上手く笑顔は作れなかったけど。
 今、ここで、櫻井の前に居るオレが、どんな風に櫻井の目に映っているのか。
 早く、知りたかった。


Fin.
戻る