コイビト遊戯SS(周平×裕太)

  秋祭り  

「裕太、秋祭りに行かないか?」
 裕太の兄で恋人な周平が、そう言いながら差し出してきたのは、白地の浴衣だった。
 リビングのソファで、膝を抱えてぼんやりとテレビを眺めていた裕太は、きょとんと、兄と浴衣を交互に見詰めた。
「秋祭りで浴衣って。夏ならわかるけど、ちょっと季節はずれじゃねぇの?」
「まだ暑いんだし、いいんじゃないか?ぎりぎり大丈夫だろう」
「そっかなー………」
 首をかしげながらも、裕太は一応、浴衣を受け取って、広げてみた。
 白地に、名前はわからないけど、紺色の花が描かれている。袖と、裾の方に。
「これって……女物じゃ……」
 男が着るにしては、どうも可愛らしすぎる、様な気がする。
「いや?男物だよ」
 周平は自信を持って断言するが、妖しいものだ。
 裕太に似合うんだったら、女物でも平気であてがってきそうなところが、この兄には確実にある。
「いいから、着てみろ、裕太」
「んー、でも、オレ、浴衣の着方なんてよくわかんねー」
「じゃあ、兄ちゃんが着せてやろうな」
 笑顔で言われ、裕太はしぶしぶ、今着ている部屋着を脱いだ。
 反論したところで、この兄は自分のやろうとしたことを、決して曲げないことを今までの経験により熟知している。
 背中からふわりと浴衣を裕太に羽織らせて、周平は手際よく着付けていく。
「ほら、やっぱり。よく似合ってるぞ、裕太。うん、可愛い」
「可愛いって……それ、何かオカシイ……」
「何言ってるんだ。裕太は本当に可愛いんだから、可笑しいわけないだろう」
 だから、そう言い切っちゃうところが可笑しいんだって、と言いたい裕太だったが、言ったところでどうにもならないので、黙っておく。
 裕太が裕太であるというだけで可愛いんだと言う周平に、何を言っても無駄だからだ。
「兄ちゃんも浴衣を着ようと思って用意してきたんだ」
 そう言って、周平は紺地に、白で花の絵が描かれた浴衣を取り出して見せた。
「…………」
 それは、どう見ても、裕太の浴衣とおそろいだった。
(男物の浴衣でペアルック。ありえない………)
 ありえないが、突っ込む気力もないので、小さくため息をつくだけで、裕太は我慢した。
 渡されたのが、ピンクの浴衣じゃなかっただけ、よかったということにしておこう……。


 祭りは、二人の住んでいるマンションから歩いていけるくらいの距離の、神社で行われていた。
 有名でもなんでもない、小さなお社だったが、屋台も結構出ていて、そこそこ人で賑わっていた。
 最近、夏が戻ってきたかのような暑さが続いていたからか、二人の浴衣姿は思ったよりも目立たず、裕太はその点にはホッとした。
 女の子ならまだしも、男二人連れで浴衣なんて着ているのは、裕太と周平以外にはいなかったが。
「あ、リンゴ飴売ってる。兄ちゃん、買っていい?」
 小ぶりのリンゴ飴がたくさん並んだ屋台に、裕太の目は吸い寄せられるように動いていく。
「いいけど、先におまいりを済ませてからな。……裕太は、昔からリンゴ飴が好きだなあ」
 微笑ましそうに見詰められて、裕太は思わず顔を赤くした。
「べ、別に、特別好きとかそういうんじゃないよ。ただ、ほら、ああいうのって、こういう時じゃないと食わないじゃん。だから、つい……」
「はいはい。わかってるよ」
 軽くいなされて、裕太はますます恥ずかしくなった。
(う〜。こんなだから、いつまでも子供っぽいって思われるのかなあ、オレ……)
 ただでさえ、年の離れた兄弟で、それこそ赤ちゃんの時から知られているのだから、今更カッコつけたところで始まらないのだが、そこはそれ、微妙なお年頃だ。
「裕太?」
 ふいに黙り込んだ裕太を、周平が怪訝そうな顔で見ているのに気付いて、裕太は慌てて、ちょっとだけ落ち込んだ気分を振り払った。
「……うん、おまいり、行こう、兄ちゃん」
「ああ」
 お社は、境内の一番奥だ。
 日が暮れて、木々の間につるされた提灯に、オレンジ色の明かりが揺れる中、少しずつ人が増えてきた。
 背が高く、その上浴衣姿の周平は、人ごみにまぎれようがなかったが、それでも気を抜くと、はぐれそうになった。
「ほら、裕太」
 そんな裕太に気付いたのか、周平はすっと左手を差し出してきた。
「え……」
 その手の意図するところは明らかだったが、それでもやはり戸惑って、裕太は兄の顔を見詰めた。
「また迷子になったら困るからな。手を繋いで行こう」
 裕太がまごまごしている間に、周平は裕太の手をさっと掴んで、歩き出した。
「ちょ、ちょっと、兄ちゃん……!」
 周平の掌は、大きくて、温かかった。
 振りほどく事もできずに、裕太は手を引かれて歩いた。
「は、恥ずかしいよ、兄ちゃん……」
 小さな声で訴えると、周平はこちらを向いて、にっこりと微笑んだ。
「人が多いんだ。はぐれないように繋いでいるだけなんだから、いいだろう。それに、兄弟なんだから」
「小さい子ならともかく、可笑しいよ、こんな大きいのに……」
「ははっ。裕太は兄ちゃんにとっては、今だって小さな子だよ」
「え〜!!」
 それは、いくらなんでもあんまりだ。
 そう思うのに、やっぱり、手は振りほどけない。
「迷子になってからじゃ、遅いからな。お前には、前科がある」
「前科って……。いつの話だよ」
「いつだったかな……?俺が、裕太くらいの時、今日みたいに祭りに来たことがあるんだよ。あの時も、人が多くてな。気がついたら、お前がいなくなってて」
 手を繋いだまま、周平は懐かしそうに目を細めた。
「なんでちゃんと、手を繋いでおかなかったのかって、思ったよ。青くなってあちこち探し回ってな。……それで、お社の外れの大きな木の下に、座り込んでいる裕太を見つけた時は、心底、ホッとした」
 裕太を見る周平の目は、遠い日の幼い裕太を見ているのか、いつにもまして優しくて、くすぐったかった。
「眠ってたんだよ、お前。俺が駆け寄ったら、ぱっちり目を覚まして、俺を見て、何て言ったと思う?」


「……覚えてねーよ、そんな昔のこと」
「こう言ったんだ。『兄ちゃん、もう迷子になったらダメだよ』って」
「……それ、作ってねぇ?」
 身に覚えがないくらいの頃のこととはいえ、恥ずかしすぎる。
 楽しそうに語る兄を、恨めしそうに見た裕太に、周平はあっさり否定した。
「ほんとのことだよ。兄ちゃん、裕太のことだったら、どんな小さなことだって、ちゃんと覚えてるよ。たとえ、お前がすっかり忘れてしまっていてもね」
「え〜!?オレが忘れてるようなことは、兄ちゃんも忘れていいよ!」
 何でも覚えてる、なんて。
 嬉しいけど、反面、何だかコワイ。
 知らない間に、いくらだって、弱みを握られているみたいで。
「忘れるわけないだろ。裕太のことなんだから」
「う〜っ!!」
 爽やかに言われて、余計に恐ろしくなる。
 この兄に、隠し事や秘密なんて、きっと出来ないだろう……。
「それで?兄ちゃんはオレを見つけて、どうしたの。怒った?」
 あきらめて、会話を元に戻した。
 今後のことを思うと、何か真剣に対処を考えなきゃいけないんじゃないか、と思うのだが、それは後にしよう。
「いや。怒らないよ。『兄ちゃん、迷子になって、ごめんな』って言った」
「えー!兄ちゃん、それちょっと、いくらなんでもオレに甘すぎない?」
 明らかに、迷子になったのは裕太の方だろうに。
「まあ、ちゃんと裕太のことを見てやれなかったのは、俺の責任だから。それに……」
「それに?」
「あんなに、無垢な笑顔で言われたら、反論なんか出来ないさ。裕太の笑顔は、天使みたいだからな」
「て、天使って……」
(は、ハズい……)
 いや、寒い、というべきだろうか。
 兄のことはわかっていたつもりだが、まだまだ甘かった。
 真顔でこんなことをさらりと言えるなんて、仮にも自分と血が繋がっているとは、とても思えない。
「と、とにかく!オレはもう、迷子になるような小さな子じゃないの!携帯だって持ってるんだし、はぐれたってどうとでもなるよ」
「何言ってるんだ。裕太は十分、小さいだろう」
「だーかーらっ!オレは小さくなんかないの!………だったら、兄ちゃんは、小さな子に、その、あんなことするわけ?」
 さすがに、最後の方は小さな声になって抗議すると、周平は目を丸くして、それからくすりと笑った。
「ああ……そうだな。小さな子とじゃ、できないよな。うん、裕太は小さくないよ」
 やっと認めて、でも、相変わらず、手は離さなかった。
 周平は繋いだ手をぎゅっと強く握ると、裕太の耳元にそっと囁いた。
「裕太は小さくないから……、わかるだろう?口実だよ、ただの」
「………っ!!」
 さっと、耳まで赤くなった裕太は、それでますます、手を離すことができなくなった。


 結局その日、お祭りの間、二人はおまいりの時以外はずっと、手を繋いだままだった。


Fin.
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