鬼畜眼鏡SS(御堂×克哉-接待未通過IFルート-)
Glasses Changing?〜伝えたい言葉〜
あなたに、伝えたい言葉があります。
聞いて、もらえますか―――?
<1>
「プロトファイバーの売り上げは、右肩上がりに伸びています。営業としましては、なるべく早い内の増産をお願いしたいですね」
会社でまとめてきたレポートの数字を、俺は淡々と読み上げた。
ったく、こんなことくらいで、眼鏡をかけるなよ。
人がせっかく作ってやったチャンスを不意にしただけじゃなく、あれから、<オレ>は、御堂に会うのが気まずいらしく、MGNへの報告には、必ず眼鏡をかけていくようになった。
「ああ、そうだな。上とも話しておこう」
「よろしくお願いします。肝心のモノがないと、こちらとしても売り出せませんから」
満足そうに頷く御堂に、俺はことさらにこやかに笑いかける。
まあ、仕事が上手く進んでいるのは、お互い気分のいい事ではある。
成果は、評価に繋がる。
この仕事が上手くいったことで、また更に、新しい、やりがいのある仕事に取り組めるチャンスが訪れるだろう。望むところだ。どんな難しい仕事でも、こなしていける自信が俺にはある。
だが、その前に……。
「レポートもよく出来ている。現状から予測されたデータ……この数値は、頼もしい限りだな」
「数字は、嘘を付きません。……こんな風に数値に表して、ご覧いただけるといいんですけど、ね」
俺には、やる事、いや違うな、言う事がある。
眼鏡をかけた状態で御堂に会うと言う事は、それを<オレ>が望んでいるってことだからな。
そうだろう?
違う、なんて言わせない。
「何の数値だ……?」
御堂が、不思議そうな顔で、手元のレポートから顔を上げた。
真っ直ぐに、視線が、ぶつかる。
「俺の心の数値……、でしょうか」
わざとらしいくらい、はっきりと、言う。
こういう台詞は、照れてはいけない。
相手の目を見て、純然たる事実でしかないと、当然のように言い放たなければならない。
それがたとえ、素面じゃなきゃ言えないような、台詞でも。
いや、素面ではないな。
俺は<眼鏡>をかけているのだから。
「フッ……。君も、案外ロマンチストなんだな」
「ええ、そうなんですよ」
呆れるかと思ったら、御堂は、俺を見てうっすらと、微笑った。
動揺するそぶりさえ、見せない。
それでこそ、だ。
俺も、その先の台詞を言う、甲斐があるというものだ。
「それで?君の心の……どんな数値を、私に見せたいんだ?」
御堂が俺に問いかける。
それは、どこか挑発しているようにも、見えた。
だったら、答えないわけにはいかない。
さあ……、言うぞ?<オレ>。
お前が言わないのなら、この俺が、伝えてやろう、御堂に。
「それは、もちろん、御堂さん、あなたへの……」
<2>
オレは、我ながら凄い勢いで、眼鏡を顔からむしりとった。
ホテルで、御堂さんと一緒になったあの夜から、顔を合わせるのが怖くなった。
だって、気付いてしまった。
もう、惹かれている、っていうだけじゃない。
それだけじゃなくて、もっとはっきりした―――
「御堂さん、あなたへの、オレの気持ちです……っ!」
好意とか、そんな淡い、優しい感情だけじゃなくて。
いや、そういうのももちろん、あるんだけど、それよりもっと、もっと強く。
胸の奥から、湧き上がるような、激しい感情は、惹かれてるとか好意とかの言葉じゃ、足りない。
「……佐伯。君のレポートは、重大な事が抜けているな。1つ不明な点が、ある」
御堂さんは、オレのそんな内心の葛藤なんて、まるで気付いていないように、さらりと、仕事の話の続きを促す口調で、尋ねた。
「はい、何でしょうか?」
正直言って、オレの心臓、口から飛び出しそう。
学生時代にバレーやってる時だって、ここまで激しく動いた事はないよな。
自分の鼓動の音が、自分の内側で、絶えず反響しているみたいに、うるさく聞こえる。
「その数値は、具体的に何を指している?……上司への、尊敬の念、か?」
一応確認しておこうか、そのくらいの気軽さで。
今、ここでオレが、はいそうです、と頷けば、たぶんあっさりと、彼は頷くんだろう。
そして、何事もなかったように、また、仕事の話が続くのだ。
そんなのは、イヤだ。絶対に。
「いいえ、違います。それは、オレが………」
覚悟を決めても、その言葉を口にするのは、勇気が要った。
誰かに、自分の想いを伝える時は、いつだって、そうだ。
しかもそのひとが、同性で、上司で、曲がったことが嫌いな、誤魔化すことを決して許さないような、そんな相手だったとしたら、なおさら。
でも、これは、オレが言わなきゃいけないことなんだ。
眼鏡をかけた<俺>に、伝えてもらうわけには、いかない。
この眼鏡には、今までずいぶん、助けてもらった。
気弱な自分が、この眼鏡をかけることで、生まれ変わったみたいに、自信を持って行動できた。
まるで自分じゃないみたいに。
だけど、そうじゃないんだ。
この眼鏡は、魔法の眼鏡なのかもしれない。
それでも、眼鏡をかけた<俺>も、眼鏡をかけてないオレも、同じオレ自身なんだ。
だったら、オレは自分の言葉を、眼鏡をかけないで伝えたい。
眼鏡をしまった胸ポケットに、そっと手を当てる。
今まで、ありがとう……そんな気持ちを、こめて。
「御堂さん、あなたをとても……、とても、好きだという、数値、です」
ああ、言ってしまった。
後悔はしてないけど、今すぐ走って逃げ出したい心境だ。
震えそうになる足を踏みしめて、御堂さんの顔をしっかりと、見る。
一瞬でも目をそらしたら、崩れてしまいそうだった。
「そうか」
「はい」
短く確認されるのに、はっきりと、返事をする。
永遠にも思えたような、その後の沈黙は、本当はほんの一瞬だったのだろう。
御堂さんは、手元にあったメモ帳らしき紙に、さらさらと何かを書きつけた。
「君のレポートについては、よくわかった。私の、君への評価は、そうだな………、時間を置いて、このメモに書いた場所で」
そして、言葉と共に、たった今、ペンを走らせたメモをオレに渡した。
紙には時間と、ある場所が書かれていた。
あの夜、酔った御堂さんと訪れて……、泊まらなかった、ホテルの名前が。
「御堂さん……」
メモを、そっと握り締める。
少し照れたように、顔をそらして、そっけないくらいの早口で、彼は答えた。
「まだ、勤務中だからな。ここで君を………いや、なんでもない。この話は後で、だ」
形のいい耳が、うっすらと赤く染まっている。
だけど、きっとそれ以上に、オレの顔の方が、赤くなっている事だろう。
「はい、御堂さん……」
オレは、ただ、それだけを口にするのが精一杯だった。
<3>
その後、どうやって、MGNの御堂さんの部屋を出たのか、覚えていない。
気がついたら、ビジネス街を、早足で歩いていた。
だが夢ではない証拠に、掌の中に、伝えた言葉の結果……いや、まだ結果はわからない。
結果を知るための、鍵になる紙がある。
眼鏡を使わずに、手に入れた鍵。
立ち止まって、その感触を確かめる。
「ホテルに行く時間まで、オレ、ちゃんと仕事出来るかな……」
心が、身体から10センチくらい、離れてふわふわ浮いてる気がする。
「しっかりしろッ!オレ!」
ぱちんと、両手で頬を叩いて、気を引き締めた。
今から、外回りだ。気持ちを引き締めて、仕事に取り組もう。
いい加減な仕事をする人間を、きっとあのひとは軽蔑するだろうから。
オレはあのひとと、対等になりたい。
そのためには、仕事の手を抜くなんて、言語道断だ。
「よーしっ、やるぞー!!」
ビルの隙間から見える、青空に向かって、拳を突き上げた。
通りすがりの、同じサラリーマンらしき男に変な顔で見られたが、気にしないことにする。
だって、オレ、今、すごく気分がいいから。
自分の気持ちを、自分の言葉で、誰かに……、大好きな人に、伝えることが、出来て。
もう一度、オレは胸ポケットに手を置いた。
「サンキュー、な、<俺>……」
オレの中で、きっと歯がゆい想いをしていただろう、もう一人の、<俺>。
ずっと、お前に頼っていてゴメン……オレ、もう大丈夫だから。
『どうだかな。そんなすぐに変わることが出来るのか?お前に』
意地悪そうに笑う、もう一人の<俺>の声が、聞こえてくる。
そうだな、たぶん、そんなにすぐに、変われないだろう。
きっとすぐまた、ぐずぐず悩んだり、迷ったりするだろう。
「でも、もうオレ、逃げないよ」
この眼鏡は、今度、あのRとかいう男に会った時、返そう。
もうこれがなくても、オレは知ってるから。
意地が悪くて、自信家で、何をしでかすか分からない、そんな<俺>が、オレの中にいるんだってことを。
「だからもう、大丈夫」
口に出して、繰り返す。
見ててくれるよな?<俺>。
頼りなくて、危なっかしいオレを。
思いっきり、馬鹿にしてくれても、構わないから、さ。
ビルに四角く切り取られた青空を見上げると、返事をするみたいに、風が俺の頬を撫でていく。
胸ポケットから、そっと手を離して、オレは歩き出した。
Fin.