鬼畜眼鏡SS(克哉×御堂)

Chocolate Wine

 用があって、久々にデパートを訪れると、1階フロアからずいぶん混んでいる。
 どうやら、何かのフェアをやっているようだった。

「チョコレートはいかがですか?本命、義理だけではなく、友チョコ、自分へのご褒美チョコもどうぞ〜!」

 いかにも臨時バイト、といった風の若い女数人が、特設会場で、様々なチョコレートを売っていた。
 試食もしているらしく、入り口まで甘い匂いが漂ってきている。

(チョコレート、か……)

 後数日で、2月14日、バレンタインデーだ。
 いつもは地価売り場で扱われているチョコレートも、その日に合わせて、目に付きやすい場所でフェアを行っているのだろう。
 日本でのバレンタインデーは、女から男へチョコを贈る、というイベントなので克哉自身には特に関係はない。
 チョコレート自体も、そこまで好きでもない。
 特別、甘いものが苦手だということはなかったが……。
 なので、そのまま用のあるフロアへと行き、買い物を済ませるつもりだった。

「そこのスーツのお兄さんも、チョコレート、いかがですか?向こうのバレンタインでは、男性から女性へカードを贈ったりするそうですよ。カードを添えて、チョコレートを渡したら、彼女への好感度もアップしますよ!」
「…………」

 売り場の女性バイトから、声を掛けられ、立ち止まる。
 普段なら、いらん世話だ、と言い捨てて立ち去るところだ。
 だが、その時は、ふっと………、気まぐれな感情が、働いた。

「そうだな……それも偶には、面白い趣向かもしれないな」
「では、こちらのチョコレートなどいかがでしょう?生チョコです。ほんのちょっぴり、ワインが入ってます」
「それをもらおう」
「ありがとうございます。ラッピングいたしますので、少々お待ちください。サービスでカードもご用意出来ますが、いかがしますか?」
「つけてもらおうか」
「メッセージは、こちらでお書きしましょうか?それとも、後でお客様が書かれますか?」
「書いてくれ」
「何とお書きしますか?」
「そうだな、こう書いてくれ。……………、と」
「は、はい、かしこまりました。ラブラブなんですねぇ」
「まぁな」

 ほう、と羨ましそうなため息をついて、女性バイトはさらさらとペンでカードにメッセージを書く。
 わざわざ店側で書くと言い出すだけはあって、字は上手かった。
 もしかしたら、それも採用条件にあったのかもしれない。

「お待たせしました。お会計は……になります」
「カードで」
「かしこまりました。ありがとうございましたー!」

 スーツ姿で持つには少々可愛らしい、赤い小さな紙袋を持ち、克哉は本来の買い物を済ませるため、その場を後にした。


 数日後、バレンタインデー。
 立ち上げたばかりの会社は何とか軌道に乗り、順調にいっていたが、それでも定時に帰る、などということはめったにない。
 それに今日は、ただの平日だ。週末でもない。

「そろそろ、上がれるか」
「佐伯……?もう、終わるのか」
「ああ。それは、急ぐのか」
「いや、そんな事はないが……」
「だったら、今日はここまででいいだろう」
「あ、ああ、それはまあ、構わないが……」

 新米経営者らしく、誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る克哉の口から、そんな言葉が出たことが不思議だったのだろう。
 御堂は、軽く首を傾げている。
 そんな御堂の様子などお構い無しで、克哉はさっさと帰社の準備を済ませると、御堂を目で促した。
 それに合わせ、御堂もまた慌しくその日の仕事を終わらせ、克哉と共に、会社を後にする。

「久しぶりだな、こんな時間に帰るのは」
「まあな。だが、これでも別に早い帰宅でもないだろう」
「そうだな。今は、まだ……。あとしばらくすれば、いつもこの時間に帰ることも可能になるだろうが」
「すぐだ。そうなる日も」
「君は……。強気だな」
「ああ、そうだ。俺が弱気じゃ、立ち行かないだろう」
「全く、君ってやつは……」

 呆れたように、感心したように、御堂が笑う。
 そんな風に軽口を叩きながら帰る場所は、同じ家だ。
 通勤に時間を取られないように、会社の事務所の場所を決めた時、マンションも一緒に決めた。
 二人で暮らすには、十分すぎるくらいに広い、マンションだ。
 部屋数は多いが、使われている部屋は、ほんの少し。
 元々、今はほとんどを会社で過ごしている上に、眠る部屋も同じだからだ。
 寝室は、ちゃんと二人分あったが、御堂が自分のベッドで眠ることは、ほとんど、ない。

「ふう……」

 家にたどり着くと、御堂はまだ着替えもせずに、リビングのソファにとさりと軽い音を立てて、沈み込んだ。
 ネクタイを、指で緩めている。

「御堂さん」
「何だ?」

 克哉は、ソファの背もたれによりかかるように立つと、背中越しに御堂を呼んだ。
 振り返った御堂と、目が合う。

「今日は、御堂さんに、渡すものがある」
「…………?」

 怪訝そうにしている御堂をそのままに、克哉は小さな赤い紙袋を手渡す。

「これは……?」
「見れば、わかる」

 促されて、御堂は紙袋の中身を空けた。
 中には、やはり赤い紙でラッピングされた小箱と、それに添えられたカード。
 カードに書かれた文面を、目で追っている。

「………こ、これ、は………」

 短く呟いた後、片手で口を押さえて、絶句している。
 よく見ると、うっすら、顔が赤い。

「だから、見ればわかるだろう」
「君が、買ったのか……?」
「もちろん」
「このカードも、君が……」
「当然。書いたのは、店員だがな」
「……っ!!他人に、何て事を書かせているんだ、君はっ!?」
「別にいいだろう。何も、御堂さんの名前は書いていないんだから」
「当たり前だっ!」
「おや。気に入りませんか?」
「そ……っ、そんな事は、ないが……。すまん、私は何も準備していないんだ」
「ああ、気にするな。こんなくだらんイベント、いつもだったら俺も何もしないさ。ただ、今回は……」
「今回は……?」
「……いや。ちょっとした、気まぐれだ。御堂さんがどんな顔をするかな、と思って、ね……?」
「悪趣味だな、君は」
「それは、褒め言葉、と受け取っておきますよ……」

 抗議の言葉が御堂の唇から零れる前に、克哉はソファ越しにそれを自分のものでふさいだ。
 ほんの少し、押し返すような動きを見せた御堂は、やがて観念したように目を閉じた。
 思う様、口腔を貪ると、応える様に舌が絡み付いてくる。
 御堂の手から、チョコレートの箱と、カードがはらりと手から零れ落ちた。
 


 ――――チョコレートよりも甘く、ワインよりも芳しい、世界で一番いやらしい貴方へ
 
                                 ―――佐伯克哉―――

                                          
 
Fin.