鬼畜眼鏡で20題(本多×克哉)
02 嫌い、嫌い、…好き
嫌いだと、そうはっきりと言えたら、どんなに楽だろうかと、思う。
「お前のやり方を、押し付けるなよッ……!!」
「克哉!?」
怒鳴りつけると、目の前の男はぽかんと口をあけて、克哉を見た。
道行く人も、何事かとすれ違い様に視線を投げ、だが係わり合いになるのはごめんだとばかりに、通り過ぎていく。
「あ……。ご、ごめん、怒鳴ったりして」
「あ、ああ。いや、それは構わねぇけど……」
オフィス街で、立ち止まって向かい合っていた事に気付き、克哉は足早に歩を進めた。
後ろから、慌てたように本多が付いてくる。
「お前がそんなに、怒るなんて思わなくてよ、克哉、」
「別に、怒ってない」
「怒ってるじゃねぇかよ」
「怒ってないよ」
怒ってなんか、ない。
ただ、無性に、苛立たしいだけだ。
それは、本多に、というよりもむしろ、自分自身になのかもしれない。
だが、それを言ってみたところで、おそらくこの男には伝わらないだろう。
……上手く、自分の感情を伝える術を、克哉は持っていない。
歩きながら、隣を見ないで、克哉は考え考え、言葉をつむいだ。
「お前の言う事は、たぶん、正しいんだ、と……思う。本多の言う通りにした方が、きっと、効率がいい」
「だったら……!」
「でも!オレは、そうしたくないんだ! 効率は悪いかもしれない。それでも、オレにはオレのやり方がある。オレは、自分の納得の行くやり方で、結果を出したいんだ」
「克哉……」
本多は、怒っただろうか。
それとも、呆れただろうか。
……そういえば、こんな風に、仕事に対しての意見を、本多にぶつけた事は今までになかった。
何も考えていなかったわけじゃない。
頼りない克哉を心配して、あれこれと助けてくれることに対して。
気にかけてくれることは、嬉しかったし、ありがたかった。
それでも、いつも、どこか、居心地の悪さがあった。
仕事にマニュアルはあるが、絶対的な正解、というものはたぶん、ないんじゃないかと思う。
本多のやり方が、克哉にとって、正解かどうか、なんていう事も……。
「……本多?」
何も言わない本多を、そっと窺った。
本多は、目を細めて、克哉を見ていた。
両手を、頭の後ろに組んで、朗らかに、笑って。
「何だ。お前、ちゃんと、言えるんじゃねぇか」
「え?」
「あの、妙な眼鏡がなくったってさ。自分の言いたい事、全部」
「本多……」
怒ってるんでも、呆れてるんでも、なくて。
嬉しそうに笑って、そんな風に言われたら。
どうしようもない自分に対して、もどかしさを感じ、イラついていることが、馬鹿らしくなってくる。
自分が口に出した言葉を、相手がどう捉えるのか、とか、そんな事をいちいち気にして立ちすくんでいる事が。
「本多なんか………」
「俺なんか?」
「本多なんか、嫌いだ!大嫌い!」
「克哉っ!?」
言うだけ言って、克哉は猛ダッシュした。
スポーツから遠ざかって、早X年。
急に酷使された身体は、悲鳴を上げたが今だけは構っていられない。
見えなくなるまで本多を引き離してから、克哉はようやく立ち止まった。
「小学生かよ、オレ……」
両手を膝について、息を整えながら、呟く。
喉が渇いた。
どこか、自販機で、冷たいお茶が飲みたい……。
社には戻らず、直帰する旨を電話して、克哉は帰途に着いた。
あれから、一人で営業先を回った。
元々、その予定だった。
本多とは、社の近くで、たまたま出くわしただけだ。
それで、今やっている仕事の話が出て……それで、ああ、なった。
半分以上は、八つ当たりだと分かっている。
中々上手くいかなくて、と先に話を持ち出したのは、克哉の方なのだから。
「よう。お帰り、克哉」
「え……。本、多……?」
自宅の、最寄駅の改札を抜けたら、声を掛けられた。
そこには、よく見慣れた姿が、あった。
「何でここに……」
「何で、じゃねぇだろ。クソッ、携帯くらい出ろよ!」
「ごめん、営業先回った時マナーモードにして、気付かなかった」
「バイブ機能つけとけよ!」
「オレ、あれ嫌い」
「あのなあ、それじゃ他の電話どうすんだよ、取引先とか!……いや、違う、今はそんな事どうでもいいんだ。おい、克哉、最後のあれ、何だよ」
「あれ、って……?」
駅を出て、自宅へと向かいながら、空とぼける。
マナーモードにしていて気付かなかった、なんてのも、もちろん、嘘だ。
着歴を見て、本多からの電話は、わざと取らなかった。
……あんな、子供っぽい捨て台詞を吐いて逃げた後、何を話せと言うんだ。
「嘘だよなッ!俺が嫌いとか、嘘だよな、克哉!」
「…………」
「おい、黙ってないで、何とか言えよ!?」
必死だ。
物凄く、必死だ。
本当に、この男は、克哉にそれを聞く為だけに、帰路を待ち伏せたのだろう。
「嫌いだよ。本多なんか」
「克哉っ!?」
はっきり、目を見て言ってやったら、本多は驚愕し、それから、何だかどうしていいのかわからない、みたいな、凄く情けない顔になった。
克哉は、頬に浮かびそうになる微笑をこらえ、何でもない顔をつくろって、続けた。
「一人で勝手に突っ走って、オレが戸惑ってんのなんか、ぜんっぜん、気付きもしないし。鈍いっていうか、デリカシーに欠けるって言うかさ。それで、本多は自分ではいい事してるって、信じ切ってんの。何て言うのかな?こういうの。単純バカ?」
「か、克哉……」
どうせだからと、言いたい放題言ってみると、情けないを通り越して、地の底に沈みこみそうな顔をしている。
「嫌いだよ。大嫌い。………でも、」
「……でも?」
沈み込んで靴先に視線が落ちていた、本多の顔に、そっと手を伸ばす。
立ち止まって、視線を、合わせる。
ここが住宅街で、往来だとかは、この際忘れておく。
「何でだろうな。憎みきれないっていうか。オレ、本多のそういうところも、たぶん結構、好き、なんだと、思うよ?」
「たぶん、なのかよ」
すっかり拗ねた口調で、本多が言うので克哉は思わず笑ってしまった。
「笑うな!……ったく、人の純情をもてあそびやがって」
「だって、可笑しいから。やっぱり、嫌いって言われたら、気にするんだね、本多」
「当たり前だろうが!俺は今日一日、仕事にならなかったんだぞ!」
「そうなの?ごめんごめん」
「克哉……お前、そんな軽〜く言うなよ……」
ほっとしたのと、がっくりしたのが同時にきたようで、本多は肩を落としながら、ふにゃっと笑った。
「いっそ、嫌いになれたら……、楽、なのかもしれないけど」
「か、克哉!?」
「今のところ、その予定はないから、安心して」
「……お前、俺で、遊んでるだろう」
「そんなことないって」
恨みがましい視線を向けてくる本多に、にっこり笑って見せてから歩き出した。
今言ったことは、本当だ。
いつでも真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎるくらいな本多は、克哉のコンプレックスをちくちくと刺激していた。
あけっぴろげに、好意を見せられれば、見せられた分だけ。
自分の矮小さを、突きつけられる気がして、嫌いになった。
自分が。本多が。
彼にそんな気が無いと言う事は、わかっているのに、それでも。
(だけど、それでも、いいんじゃないか?)
時々、真っ直ぐな本多が、嫌いになったって。
それで、たまに、卑屈になったりしても。
「……寄ってくだろ、ウチ」
「いいのか……?」
「いいよ」
それでも、また、すぐに好きになるのだから。
Fin.