鬼畜眼鏡で20題(太一×克哉)

04 三千世界の鴉を殺し、

 僅かに開いたカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
 眩しすぎるその光を、手をかざして避けてから、克哉は隣に眠るひとの目を覚まさないよう気をつけて、そっと起き上がった。

「克哉さん……?」
「ああ、ごめん、太一。起こしちゃった?」
「ん〜」

 昨夜、脱いだまま床に落ちていたシャツを拾って羽織りながら、克哉が振り返ると、まだ眠そうな目をこすって、太一がもそもそと起き上がある。

「まだ寝てていいよ」
「んーん。起きる。……ってか、ヒドクねぇ?克哉さん」
「え?」

 ベッドから半身を起こして、恨めしそうに克哉を見る、年若い恋人の視線の意味がわからずに、克哉は首を傾げる。

「そんな可愛い仕草見せたって、騙されないからね、オレ!」
「いや、別に可愛くないだろ……」

 二十五にもなって、言われて嬉しい言葉でもない。
 それに、一体今の、どの辺が、可愛かったのだろうか。

「可愛いよ!克哉さんは!自分が気付いてないだけで。あー、オレ、すっげー、心配。そんなんで社会に出ないで欲しいよ、ホント」
「太一、わけわかんないよ、それ」
「わけわかってないのは、克哉さんだけ!ってか、そうじゃなくてー。あのさ、克哉さん」
「ん?何、太一」
「今さー、オレが気付かなかったらさ、そのまま、行っちゃうつもりだったでしょ」
「うん。だって太一、今日は午前中は学校もバイトもないって言ってただろ。ゆっくり寝てたいだろうと思って……」
「あ〜。オレ、克哉さんの、そのやさし〜いトコ、大好きだよ。ホント。すっごい。でもさあ……」

 そこで言葉を切って、何故かシーツをぱふぱふ、と叩く。
 シーツの皺が、気になるのだろうか。

(太一、そんな細かい性格だったっけ……?)

 ピントのずれまくった事を思いながら、克哉は太一の言葉を待った。

「オレが目ぇ覚ました時にさ、隣のシーツがひんやりしてるの!すっげぇ、切ないって思わない!?」
「そうなの?」
「そーうーなーのッ!大体、恋人が出かけたのにも気付かずにグースカ寝てるオレの立場ってどうよ?『いってらっしゃいのチュー』も出来ないんだよ!?」
「別にオレは、気にしないけど」
「気にしてよ!」

 太一は、尻尾のような髪を振り回しながら力説するのだが、当の克哉は、そんなもんなんだ?くらいの感慨しかない。
 その温度差は、何を言わずとも顔を見ただけですでに伝わってしまったのか、太一は、はあ〜っと、大きなため息をついた。

「うん、そうだよね……オレ、知ってた。けっこー、克哉さんってドライだよね……」
「そ、そう……?ええと、普通、だと思うんだけどな」
「オレ、そのフツーって言葉キライー」

 子供のように顔を顰めて、太一はイーッと口を広げる。
 そうやってみると、本当に、やんちゃな子供以外の何者でもなくて、克哉はくすくすと笑った。
 そんな克哉を、太一はしばらく、ふてくされたように見ていたが、やがて小さな声で呟いた。

「三千世界の鴉を殺し……」

 三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝をしてみたい
 都都逸、だっただろうか。
 そのフレーズだけは、克哉も知っている。
 確か、朝を告げる、世界中の鳥という鳥を殺し尽くしてでも、恋しいあなたとひとつ寝床で、いつまでも眠っていたい……とかいう意味だったような。
 詳しくは知らないけど。

「朝なんてさ、ずっと、ずーっと来なければいいのに。そうしたら、克哉さんは、黙って出かけたりしないで、いつまでもオレの隣で眠っていてくれる?」
「そうだね……」

 こんな風にストレートに、心を伝えられる太一を、すごいと思う。
 性格によるものなのか、年齢によるものなのか、克哉にはとても、そんな事は言えない。
 少しでも、こうやって、言葉にして伝えられたら、きっと太一は喜んでくれると思うのだけれど。
 だって、言われるばかりの克哉は、こんなにも嬉しいのだから。
 だから、少しでも伝わるようにと、手を伸ばした。
 触れた箇所を、確かめるように、なぞった。

「くすぐったいよ、克哉さん」

 それでも、太一は避けない。
 そうやって、しばらく、他愛もなくじゃれあった。


「さて、っと。克哉さん、もう、準備しないとまずいんじゃない?」
「ああ、ホントだ」

 時計を見ると、出かける時刻が近づいていた。
 とりあえず、着替えて、朝食を食べる時間くらいはまだある。

「ん〜、その格好、すっごくイイから、着替えちゃうのもったいないけどねー」
「………ばか」

 そういえば、まだシャツしか羽織ってなかった。
 下は、何もはいていない。
 シャツの裾から、白い足がそのままのぞいている。

「いい眺め〜」
「ん、よせ、さ、わるな、よ……っ!」
「あれ?感じちゃった?」

 いたずらな指が、足をさわさわと触って、上っていくのを、ぺちんと叩いて阻止した。
 こんな事、やってたら、完璧に遅刻する。

「ちぇーっ」

 不満そうに鼻を鳴らしながらも、それ以上のイタズラは諦めたようだ。
 ほっとして、素早く服を着る。

「じゃあ、せめて朝ごはんは一緒に食べようね。オレ、用意するから」
「ん、ありがと」
「飲み物、コーヒーでいいよね」
「うん」

 ネクタイを締めて、髪を整える。
 後は、歯を磨いて……は、食べた後でもいいか。
 女性と違って、化粧をする時間は要らないので、朝の支度に必要な時間は少ない。
 一日二日、そらなくても目立たないくらい、髭も薄い方だし。
 克哉が身支度を終える頃には、コーヒーのいい香りがふわりと漂ってきた。
 トーストの焼ける、香ばしい匂いも。
 そうすると、現金なことに、お腹がきゅるりと鳴った。
 太一が目覚めなかったら、途中で適当に何か食べていくか、何も食べずに済ましておくつもりだった。
 朝はそう、食欲がある方ではない。
 それでもやっぱり、誰かと一緒の……ううん、太一と一緒の朝食はいいな、と思った。
 トーストとコーヒーだけの、シンプルな朝食でも。


「行ってらっしゃい、克哉さん。今日は、帰ってくるの、遅いの?」
「うーん。どうだろ。状況次第だけど……遅くなるようだったら、メール入れるから」
「うん、わかった。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。今日も一日、頑張ってね」
「ありがと。それじゃ、行ってきます」

 ささやかな玄関で、太一がお見送りをしてくれる。
 ずっと一人だと、気にしていなかったけど、いってらっしゃい、を言ってくれる人がいるのは、何だかくすぐったくて、あったかい。

「ああ、そうだ。忘れ物」
「え、何……、ん、んっ……」

 ドアノブに手をかけて回そうとしたところで、声を掛けられた。
 振り向くと、『忘れ物』が克哉の唇に、降りてきた。
 それは、朝からするにしては、少々濃厚な、『いってらっしゃいのチュー』だった。


Fin.