鬼畜眼鏡で20題(克哉×秋紀)
05 自分だけが知っている
すっごく背が高いとか、思わず振り返っちゃうような超美形だとか、そんな事はないけど―――もちろん、僕は誰よりもカッコイイ!って思ってるけどね。当然でしょ?―――どんなに人混みにまぎれても、そこだけぱっと浮き上がって見える。
だから、僕が、僕のご主人様を見逃しちゃうなんて事、万に一つもありえない。
「克哉さん!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、大きく手を振って呼んだら、克哉さんは立ち止まってこっちを見た。
ちょっと目を瞠って、しょうがないなって感じで、左手で眼鏡のブリッジを軽く押し上げて。
それは、こっちに来い、というご主人様からの合図。
僕は、わき目も振らずに、駆け寄った。
僕と克哉さんの間の邪魔な障害物を、すり抜けて、全速力で。
あと3メートル。
あと2メートル。
あと1メートル。
そしてあと数歩、のところまで来たら、我慢できなくなって、思いっきり飛びついて、抱きついた。
とさっと、抱きついた時に軽く音がしたけど、克哉さんはびくともせずに、僕を抱きしめてくれた。
「躾けのなってない猫だな」
声は素っ気無いけど、抱きとめてくれた腕は力強い。
克哉さんの、匂いがする。
フレグランスと、煙草と……、克哉さん自身の、匂い。
大好きな、克哉さんの匂い。
ずっと、ずーっと、嗅いでいたい。
「えへへ……。だって、克哉さんの姿が見えたら、我慢なんて出来ないよ」
「しょうがないやつだな。もう一度、躾けなおさないといけないか?」
「うん、して。僕、克哉さんになら、何度だって躾けられたいよ」
「……まったく」
呆れたように、克哉さんは言うけれど、僕は本気だよ?
他の誰かならごめんだけど、克哉さんにだったら、どんな風にだって、躾けられたい。
それで、もっと、克哉さんに喜んでもらえるんだったら。
「今日は、もう、お仕事、終わり?」
「ああ」
「よかった!じゃあ、この後は、僕と一緒にいてくれるよね!?」
「そうだな」
背中に回っていた手をずらして、克哉さんは歩き出した。
寄り添うように、僕も歩き出す。
さっきまで―――克哉さんを見た瞬間から―――聞こえてなかった、夜の街のざわめきが、急に戻ってくる。
この喧騒が、僕は嫌いじゃない。
退屈な夜を紛らわせたくて、僕はいつも、夜の街をうろついていた。
克哉さんと会うまでは、の話だけど。
克哉さんと出会ってから、僕の毎日は一変した。
こんな言い方だと、なんだかありふれていて安っぽいけど、克哉さんは太陽の様に、僕の中心で回っている。
僕の毎日は、克哉さんがいなくちゃ、始まらない。
それなのに、いつも、一緒には居られない事が、今の僕の最大にして唯一の不満だ。
お留守番は、好きじゃない。
僕は寂しがり屋で……ご主人様の姿が常に見えていないと安心できない、克哉さんのペットなんだ。
「何か食べていくか?」
「ううん。このまま帰る。早く、克哉さんと二人っきりになりたいもの」
「そうか……、俺が居なくて、寂しかったか?」
克哉さんは、そう尋ねて、眼鏡のフレームを左手の人差し指を軽く曲げて、押し上げた。
今日は、何かいい事があったのかな?
「……どうした?秋紀。俺の顔に何か付いているのか」
「ううん。ただ、克哉さん、今日はいい事があったのかなーって」
「ああ、そうだな。今日は割りと大きな取引が決まったが……どうして、そう思った?」
「あのね、ほら……」
そう言って、僕は、左手の人差し指を曲げて、克哉さんがさっきしたように、眼鏡を押し上げる真似をしてみせた。
「こんな風に、眼鏡を上げる時って、克哉さんいつも機嫌がいいから」
「よく見てるな」
「こんなの、当たり前だよ!だって僕は、克哉さんのペットなんだから。ご主人様の事は、何だって見てるもの」
「そうか。それはそれは……何だか、怖いな」
「もう!何だよ、怖いって。ひどいな、克哉さん!!」
僕はわざと怒ったように言って、克哉さんの腕に抱きついた。
歩きにくいだろうに、克哉さんは、何も言わずにそのままにさせてくれる。
優しい、優しい、僕だけのご主人様。
大好き。
好き、なんて言葉じゃ、足りないくらいに。
「克哉さんも知らない、克哉さんの事だって、僕、知ってるんだよ?」
「ほう……たとえば、どんな事だ?」
「へへー。ナイショ。だって僕だけが知っている秘密なんだもん」
「俺のペットのくせに、生意気だな」
見上げたら、目が合った。
唇の端を、ちょっとだけ上げて、笑ってる。
これは、面白がっている表情だ。
ほら、ね?
僕は、何でも知っている。
大好きな、僕のご主人様の事なら、何だって―――。
Fin.