鬼畜眼鏡で20題(御堂×克哉)

06 抱き枕

 ふっと目が覚めた。
 暗闇に目が慣れていなくて辺りがよく見えないが、たぶんまだ起きる時間には早いだろう。
 空調が動く微かな音が、耳に大きく聞こえる。

(喉……、渇いた)

 隣に眠るひとを起こさないように気をつけて、克哉はキッチンに水をもらいに行こうと思った。
 そっと身体を起こそうとしたが、何故か叶わない。

(あ、あれ……?)

 柔らかく、何かが克哉の身体をベッドに縫い止めている事に、その時ようやく気がついた。
 あまりにしっくりと身体に馴染んだ感覚だったので、今まで気がつかなかったのだ。
 そして、ようやく目が暗さに慣れて、自分の置かれている状況が把握できた。

(え……!)

 克哉を、動けなくさせていた、もの。
 それは、御堂の腕、だった。
 すっぽりと、克哉を包み込むように、両腕が回されていた。
 これでは、起き上がれるはずもない。
 至近距離に目を閉じて気持ちよさそうに眠る、端整な顔があって、どきどきする。
 触れられそうなくらい、睫が近い。
 規則正しい寝息が、首元にかかって、くすぐったい。
 
(うわー。どうしよう………)

 さっきまで感じていた、喉の渇きなんて、いっぺんで吹き飛んだ。
 変わりに、すぐ傍で眠るひとの顔から、目が離せない。
 起きている時は、怜悧にも見える切れ長の瞳も、閉じた目蓋で隠されてしまえば、その印象もずいぶん違った。
 心なしか年よりも幼く、柔らかく見える。
 セットされていない髪が、それに拍車をかけているのかもしれない。
 秀でた額に無造作にかかった髪は、見た目よりもずっとさらさらとしていて気持ちいいのだ。

(可愛いなー………)

 起きている時は、絶対言えない、どころか思いもしないような事を、こっそりと心の中で言葉にした。
 自分の傍で、こんなにも無防備に寝ているひとに対する、愛おしさがこみあげてくる。
 たとえ、今の自分が、抱き枕のような状態である事を差し引いても。
 この眠りを守れるのなら、このままぬいぐるみになっても構わない、と思うくらいには。

「私の顔は、そんなに面白いか?」
「………っ!?」

 そんな思いを、しみじみと噛み締めていた時だったので、目を閉じたままの御堂にいきなり話しかけられて、克哉は心臓が止まるかと思うくらい、驚いた。

「み、御堂さん!?起きてたんですか?」
「いや、寝ていたが君が身じろいだのに気付いて、目が覚めた」
「すみません……!!」

 さっき、起き上がろうとした時、目を覚まさせてしまったのだろう。
 抱きしめられた格好のまま、克哉は小さく身をすくめる。
 御堂は、くすりと笑って、克哉の背中を撫でた。

「君が気にすることはない。……もしかして、寝苦しかったか?」
「そんなことありません。ぐっすり寝てました。ただ、ちょっと喉が渇いて……」
「ああ、そうか。寝る前に、ずいぶん、喘がせたからな」
「えっ……あ、あのっ……」

 夜目にもはっきりとわかるくらい、克哉は顔を赤くした。
 言われたことは、まあ……その通り、なのだが、そうさせた本人から言われると、何だかすごく、居たたまれない。

「いいだろう。水を持ってきてやろう」
「えっ、あの、オレ、自分で……!」

 持ってきます、と克哉が言う間もなく、御堂はするりと克哉の身体から回していた腕を解くと、起き上がってキッチンへと歩いていった。
 先ほどまで、確かに感じていた体温が失われて、克哉は心もとない気持ちになった。

(水なんかどうでもいいから、あのまま、抱きしめてて欲しかったな……って、うわっ、何考えてるんだ、オレ!)

 自分の考えに、自分で照れて、克哉はシーツを握り締めて身悶えた。
 顔だけじゃなく、首筋まで赤くなる。

「水を持ってきたぞ……ん?どうかしたのか」
「い、いえ、何でもないです……」

 うつぶせになって静かに悶えていた克哉は、御堂の声に身体の向きを変えた。
 ベッドに腰掛けた御堂の手に、コップに注がれた水がある。

「すみません、わざわざ」
「このくらいの事、気にするな。私のせいでもあるのだから」

 御堂の頬が、僅かに緩む。
 それだけできつい印象の顔立ちが、優しくなる。
 いや、そうではない。
 実際に、優しいのだ。
 御堂は。

「ありがとうございます………ん、んんっ……」

 礼を言って、コップを受け取ろうとしたら、すっと手を引っ込められた。
 コップの水を克哉に渡さず、御堂は自分であおった。
 そして……水を口に含ませたまま、克哉のあごを捉え、口づける。

「んっ……、は、あ……」

 ごくり、と最後の一滴を飲み干すまで、そうやって、口移しで水を与えられた。
 冷たい水の感触が、喉に気持ちいい。
 でも、それ以上に……。

「渇きは、癒えたか?」
「………よけいに、ひどくなった気がします」
「そうか………」

 わかっている、とでも言うように、にやりと笑って。
 御堂は、再び口づけた。
 そこにもう水は無かったが、それ以上に満たされて、身体の隅々にまで染み透ってゆく。
 渇きは、もうすっかり感じない。


 ………朝は、まだ遠い。
 優しい夜が、何時までも続けばいいのに、と温かな腕の中で克哉は願った。


Fin.