鬼畜眼鏡で20題(克哉×本多)

08 Sleeping Beauty

「克哉、風呂空いたぞー」

 まだ雫をしたたらせたまま、本多がバスルームから出てくると、克哉はソファで眠っていた。
 こっくりこっくりと船を漕いでいて、かけたままの眼鏡がずり落ちそうだ。

「おい、克哉……?」

 とりあえず、今にも落ちそうな眼鏡は、外して傍のテーブルの上に置く。
 待っている間に、克也はすっかり寝入ってしまったようだ。
 規則正しい、小さな寝息が聞こえてくる。

「どうすっかな……。このままこんなところで寝てたら、流石のこいつも風邪引くだろうし……」

 ベッドまで抱えるか?
 と、克哉の寝顔を眺めながら、しばし、本多は逡巡する。

「………」

 眼鏡のない克哉の顔は、なんだか久しぶりに見た気がする。
 元々、克哉の視力は悪くないのだ。
 学生の頃は、眼鏡なんてかけていなかった。
 社会人になってからも。
 眼鏡をかけるようになったのは、あのプロトファイバーの件があってからだ。
 あれからずっと、克哉は眼鏡をかけている。
 眼鏡をかけた克哉の顔にも、ずいぶん見慣れてしまったこの頃だったが、こうやって眼鏡のない顔を見ると、昔の克哉を思い出す。
 いくらいっても、全然自分に自信が持てない、気弱で控えめだったころの克哉を。

「それに比べて、今のお前は無駄に自信満々だよな……」

 思わず、苦笑と共にこっそりと呟きが零れる。
 眼鏡をかけるようになってから、克哉は変わった。
 いや、変わったんじゃない。
 今まで隠してきた自分を、ようやく解放したのだろう。
 いつも何かを堪えて、どこか痛々しかった、克哉自身を。
 本多は、あの頃の克哉も、友人として歯がゆく思いながらも好きだったが、今の、反動なのかなんなのかしらないが、過剰ともいえるくらいに、自信に満ち溢れた克哉が、嫌いではない。
 むしろ、どこまでもはっきりと自分を出す克哉に、ああ今までこいつは、今まで、ずいぶんと自分を押さえ込んでいたんだな、と思った。
 時々、強引で傲慢なのには、多少辟易する時もあるけど、不敵に自分を曝け出して、前進していく今の克哉が、前の克哉以上に、本多は好きだった。

「こーやって見てると、前のかわいー克哉なんだけどなあ」

 眼鏡の有無で、雰囲気がずいぶんと違ってくるものだ。
 改めて、そう感じて、克哉の額に零れ落ちている前髪を、本多はそっとかきあげる。
 レンズ越しじゃない、克哉の、顔………。
 

「何だ?寝込みを襲う気か?」
「おっ……!起きてたのかよ、克哉!」

 いきなり声を掛けられて、本多は心臓が止まるかと思うくらい、驚いた。
 そんな本多の顔を、眼鏡をかけていない克哉は、面白そうに、にやりと笑いながら見ている。

「どうした?襲わないのか」
「襲わねぇよ!」
「なんだ、つまらん。どうやって反撃してやろうか、楽しみにしてたのに」
「ったく、お前はよ……。寝顔だけは、可愛いくせに、口を開いたらこれだから」
「心外だな。俺はいつでも可愛いだろう?」
「寝言は寝てから言え。風呂、入るんなら、さっさと入れ。そんなとこで寝てたら、風邪引くぞ」
「つれないな……わかった。そうしよう」
「じゃな。おやすみ、克哉」
「おやすみ」


 克哉が風呂場へと向かうのを見送ってから、本多は寝室へ移動した。
 ドアを閉めると、胸に手を当てて、とん、ともたれかかった。

「び、びびった……」

 どこか昔の面影を残す、頼りない克哉の寝顔に、引き寄せられるように吸い込まれて、顔を近づけてキスしようとしたところに、声を掛けられた。
 どうせなら、キスさせてから声を掛けろっていうんだ。
 本人にはいえない、無茶な文句を、本多は心の中だけで呟く。

「寝顔だけは、ほんっと、可愛いくせしてなあ……」

 もう一度、呟く。
 なんだか、それさえも、克哉の計算である気がして、ならない。


Fin.