弄り遊戯SS(辰巳×陸)

  籠の中の小鳥  

 手に入らないと、わかっているものほど、欲しくなるのは何故なんだろう。



「ごめん、僕、今日用事があるんだ」
「そっか。じゃあ、また今度な」
「うん。ホント、ごめんね?」

 嘘だな、と思った。
 結城は、俺の誘いを数回に一度は、必ず断る。
 用があるから。
 よるところがあるから。
 電話だと、顔が見えないから断りやすいのか、更にその頻度はあがる。
 京子との約束をキャンセルした手前、他の奴らと遊びに行くわけにもいかない。
 ケータイのディスプレイをしばらくじっと見つめてから、それをポケットに突っ込む。
 ぽっかりと空いてしまった時間に、俺は溜息をつく。
 馬鹿な事をしている―――。
 その自覚は、ある。
 女との約束を蹴ってまで、一人の男、それも冴えない大学の同級生と一緒に居たくて、必死になっている、俺。
 友達の顔をして近づいて、でも友達だなんて、かけらも思ってない、お互いに。
 向こうは、俺の事を、何故かやたら構ってくる同じ大学のヤツ、位にしか思っていないだろう。
 隠しているつもりだろうが、その態度には、面倒くさい、という気持ちが見え隠れしている。
 そして、それを薄々、知っていながら声を掛ける俺は、というと……。
 この感情はが、一体どこから来ているのか、実は自分でも、よくわかっていない。
 ただ、友達に感じる興味や好意の域は、すでに越えてしまっている、と言う事だけは、わかっている。
 気の利いたことをしゃべるわけでも、ずば抜けて人目を惹く容姿でもない。
 すぐに人波に呑まれて、見えなくなってしまいそうな、根暗で、陰気な男。
 わざわざ、俺が気に掛けるほどのヤツじゃない。
 そう、何度自分に言い聞かせた事だろう。
 それなのに、気がつけば、目で追っていた。
 惹きつけられていた。
 眼鏡のレンズ越しの瞳が、男のくせにくりっとして大きく、つぶらで澄んでいた事に気付いたからだろうか。
 小さくかすれた声が、女のものとは違う、独特の甘さを持って耳に響いた、あの瞬間だろうか。
 それとも、襟足から覗くうなじが、思ったよりも白く、目に焼きついたからだろうか。
 そのどれもが、そうだ、とも言えたし、違う、とも言えた。
 確かなのは、断られる確率が高いと分かっているのに、誘わずにはいられない、というこの現実だ―――。


「結城」
「あっ……辰巳」
「もう、用事は済んだのか」
「うん、今から帰るとこ」
「だったら、一緒に飯食っていこうぜ」
「え……。あの、僕、今、持ち合わせあんまりないんだ。だから……」
「ちょっとくらいなら、俺、奢るって」
「そんな、悪いよ」
「いいって。気にするなよ。結城、いつも、少ししか食べないしな」
「普通だよ」

 ちょっと、ムッとして、俺を見上げる。
 黒目がちの大きな瞳が、上目遣いで、俺を映している。
 それを感じただけで、俺は何だかぞくぞくする。
 有無を言わさずに、このまま連れて帰って、俺だけのものにしたくなる。

「小食だよ、結城は。小鳥みたい」
「なんだよ、それ」
「もっと食って、肉つけろってこと。可愛いもんな、結城」
「可愛いって……、そんなの、吉岡さんに言いなよ」
「京子に、太れって?そんなこと、女に言えるわけないだろ」

 捕まえようとしても、すぐに逃げてしまう。
 籠の中に閉じこめてしまいたいのに。
 そうして……、
 この瞳が、俺だけしか見なくなればいい。
 この口が、俺の名前しか呼ばなくなればいいのに。

「安くて旨い店、この近くにあるんだって。もう帰るだけなら、そこ、行ってみない?はじめての店ってさ、なんか入りづらいじゃん」
「へぇ。辰巳でも、そういうの、あるんだ」
「あるよ?そりゃ」
「ふーん……。ちょっと意外。どこでも堂々と入っていけるタイプだと思ってた」
「初めてのところは、誰だって多かれ少なかれ、緊張するよ」
「そうなんだ。僕も、知らない場所は、ちょっと苦手かも」
「だろ?だから、付き合ってよ、結城」
「うん、わかった」


 細心の注意を払って、そっと近付かないと、すぐに逃げてしまう。
 差し伸べた手に、ずっと、留まらせていたい。
 俺なしでは、いられないようにしたい。


「じゃ、決まり、な。行こう、結城」



 手に入らないと、わかっているものほど、欲しくなるのは何故なんだろう。


 今はまだ、友達の顔で笑って。
 警戒心の強い小鳥を、籠の中で飼う日を夢見ている。

 
Fin.
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