弄り遊戯SS(香坂×陸)

  睡蓮  

 指先から、どろどろに腐っていきそうだった。
 忌まわしいほど濃い血が、汚泥のように身体の中に凝って、抜けなくて。
 閉鎖された空間でひとり、吐き出した息からも、腐臭がしているようで。

 

 だから、許せなかった。
 お前は汚いんだ、と言っている、アイツの目が。
 どうしても、許せなかった―――。

 

「本当に、お前はバカだな」
「……悪かったな。どうせ、僕はバカだよ」

 他愛無い会話をしながら、ハンドルを切る。
 ちょっとした無知を突いてやったら、ムッとした結城が、上目遣いで口を尖らせているのが、見なくてもわかった。
 色づきやすい結城の頬に、さっと朱が走ったのを、横目で確認して、俺は、わざとらしく、続けた。

「事実を言っただけだろう」
「なっ……、なんだよ!香坂から見たら、大概の人間は、自分よりバカに見えるんだろ!?」
「違う」

 助手席に座る結城の耳に、素早く、口をよせて。

「可愛い、って言ってるんだよ」
「………っ」
「結城?」
「し、信号、変わったよ。香坂、前!前見ろよ」
「感じた?」
「感じてなんかっ……」

 真っ赤になった結城を、もっと眺めていたかったが、諦めて車を発進させた。
 変わってないな、と思った。
 中学のあの頃と。
 ガキの、他愛無い猥談にも、こいつは過敏な反応を示した。
 今時、女子中学生でも見せないだろう、って態度を。
 だから、二宮あたりは、面白がってからかっていた。
 馬鹿なヤツだ、と思った。
 反応するからだ。
 あんなもの、大したことじゃないのに、いちいち赤くなって。
 居たたまれないように、目を反らして。
 気に触った。
 放課後、女教師に、教科の質問をして二人きりだったのを、結城に見られたとき、俺は言いようのない、怒りに襲われた。

 

オ前ハ汚イ―――

 

 そう、言われたような、気がして。
 今なら、ただの自意識過剰なんだと思える。
 思春期の中学生には、ありがちな思考回路だ、と他人事のように言えるだろう。
 だけど、当時の俺は、そんな風に割り切って考える事なんか出来なかった。
 いや、今も、そうなのだろうか。
 汚れきった自分を意識して。
 他人の目を、必要以上に気にしている、矮小な、自分―――。
 それを見透かされてるんだと、思った。
 あの、澄んだ、大きな目が。

 

「お前は、全然、変わらないな」
「それって、全然成長してないってこと?」

 これでも少しは大きくなってるんだよ、と不満げに言う結城に笑って、違う、と言った。

「……………気持ち悪くないか」
「え、いきなり、何?」
「お前、気持ち悪くないのか、俺のこと。見ただろ、俺の家族」
「あ……」
「お前、昔から、ダメだよな。オカズにもならないような、つまらないガキの話でも。今も、変わってないよな」
「あ、あの……」
「俺のこと、汚いって、思ってるだろ。なあ、結城?」
「そんなこと……」
「嘘だな。汚くないわけがないだろう」
「汚くないよ。どうしてそんなこと、言うんだよ?だって、あれは……香坂のせいじゃ、ないだろ」


 卑怯だな、と思った。
 俺も、結城も。
 こういう問いをしたら、他に答えようがないことを、知っていて俺は尋ねている。
 結城もそうだ。
 こいつはいつも、見え透いた嘘をつく。

「嘘をつくな」

 言いがかりだ、とわかっているのに、一度吐き出した言葉は止まらない。

「嘘じゃないよ……。それに―――、汚くない、人間なんていないだろ。僕だって、汚いよ。汚くない人間なんて……そっちの方が、よっぽど、キモチワルイと、思う」
「生意気だな」
「どう言われ様と、僕の考えは変わらないよ。香坂は汚くない。香坂が汚いって言うんなら、僕だって汚い。それだけだよ」

 まるで、大したことじゃない、とでも言うように。
 気弱なくせに、やけにきっぱりと、結城は断言した。

「本当に、お前は……、どうしようもない、馬鹿だな」

 だけど、その言葉に、どうしようもなく、救われている。
 そんな俺も、どうしようもない、馬鹿だ。

「なんだよ……っ、あ……」

 結城は、むっとして、こっちを見た。

「もしかして……、照れてたり……する?」

 頬に感じる視線を無視して、俺はひたすら前の車を見つめ、アクセルを踏み込む。
 頬が微かに熱いのは……、ただの、気のせいだ。

「俺がか?……じゃあ、試してみるか?俺の部屋で」

 だから、いつも以上に素っ気無く、こんな台詞を告げてみる。

「……いい!試さなくていいから!」

 

 首まで真っ赤になって、慌てて言う結城を、横目で眺めながら、こいつは本当に、バカだな、と思った。
 

Fin.
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