弄り遊戯SS(兄×陸)

  翠雨  

 雨が降っている。
 窓を静かに叩いているそれを聞きながら、俺は狭い室内を振り返った。

 

「陸、出かけないか?」
「なんで?やだよ、雨、降ってるじゃない」

 雑誌をぱらぱらめくりながら、気のなさそうな返事をする弟に、俺は苦笑して近付く。
 手にしていた雑誌を、ひょいととりあげると、ようやくこっちを見た。

「あっ!読んでるんだから、返してよ」

「眺めてた、の間違いだろ。お前、最近、外、出てないだろ。若いんだから、部屋の中に篭るなよ。……だから、兄さんと遊べ」
「え〜、なんだよ、その理屈!退屈してるんなら、帰ればいいだろ〜!?」
「なんだよ、冷たいな、陸は」
「ひゃめてよ、にゃにすりゅんだよっ!!」

 男にしては柔らかい頬を、両側から摘まんで引っ張ってやったら、涙目になってばたばた暴れた。
 泣いているのか怒っているのかわからない様子で、必死に抗議する弟が面白くて、もうちょっとそのままにしておきたくなったけど、流石に大人気ないので、手を離した。

「はは、ごめん、ごめん。痛かったか?」
「痛いに決まってるだろ!……ったく、子供みたいな事、しないでよ!」

 キッと、たぶん、本人は精一杯なつもりの顔で睨んでも、大した迫力がない。
 むしろ可愛いくらいだ。

「悪かったな。ああ…頬、ちょっと赤くなっちゃったな……?」

 そう言って、頬にもう一度触れると、またつねられると思ったのか、ぴくりと身を震わせた。
 小さな頃から変わらない、白くてすべすべした、柔らかい頬を撫でる。
 赤くなった頬を癒すようなふりをして、何度も、何度も。

「あの……、兄さん。もう痛くないからさ。その……」
「なんだ?」

 わざとわからない素振りで言うと、弟は困ったように笑って、俺の手を押し返した。
 俺が放った雑誌を拾いに行って、曖昧に笑うと、何もなかったように、またぱらぱらとめくり出した。
 頬は、まだ赤くなったまま―――いや、さっきよりも、赤い……。
 俺がじっと見ているのを、わからないわけはないのに、弟は気付かない振りをする。
 沈黙が、痛いくらいに降り積もる。
 振り向け。
 振り向け。
 視線に、力を、熱をこめる。
 振り向いて、視線が合ったら。
 そうしたら、何かが、変わるかもしれない。
 表面上は仲の良い兄弟にしか見えない、だけど本当は、危ういバランスを保っている、この関係が。

「陸」

 
 わかってる。
 弟は、決して振り返らない。
 そう、俺だって、わかってるんだ―――。

 
「なあ、出かけようぜ、陸。」
「……ああもう、めんどくさいなぁ。わかったよ。付き合うよ。その代わり、ぜーんぶ、にいさんの奢りだからね?僕、1円も払わないからね!?」
「なんだよ、消費税分くらいは、払えよ?」
「そんなせこいこと言ってたら、カノジョに振られるって」

 不自然におりた沈黙がやぶられて、弟はどこかほっとした顔で笑う。 
出かける準備を始めた弟に、上着を放ってやりながら、俺は埒のないこと考えていた。

 
「俺が振られたら……。その時は、また陸が付き合って、くれるんだろ?」
「え……」


 俺は、決して変わらない、変えようのないことを、胸の内で、幾度も繰り返す。


「ばーか、冗談だって。ホラ、行くぞ」
「あ、うん……」


 陸。 
 どうしてお前は俺の弟なんだろう。
 そんな、いくら想っても変わらない―――――現実、を。
 

Fin.
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