臨海合宿SS(加持×真田)
背中越しの君
「ナオちゃん、まって、ナオちゃん………」
舌足らずにオレの名前を呼んで、半べそで追いかけてくる、お豆な友達。
「しょうがないな、イチ。まってるから、ホラ……」
背中越しに振り向いて。
立ち止まって、手を差し出すと、慌てて走り寄ってきて、おずおずとオレの手を握った。
その小さな熱がくすぐったくて、ぎゅっと握り返したら、オレにだけわかるくらいの笑顔を見せるんだ。
だから、オレはいつも、わざと早足で歩いた。
その背中越しの笑顔を、独り占めしたくて。
「ナオ、ナオ………」
オレはほとんど、駆け足に近いくらいの速度で歩いている。
だが、癪なことに、壱はぴったりとオレの後をついてくる。
くっそ、タッパが違うと、足の長さも違うもんな。
オレの一歩なんて、アイツの半歩くらいなんじゃねぇか?
ちくしょう……。
なんてことを、オレが思っていることなんて、ほぼ真後ろからついてきてるヤツは、おそらく全く気付いても居ないんだろう。
それがまた、悔しい。
「壱、お前、なあ!」
立ち止まって、振り向くと、ぶつかる寸前で壱は立ち止まって、オレを見下ろした。
「どうした、ナオ。怒ってるのか」
「……いや、別に怒ってはねぇけど」
心なし、しゅんとした顔で言われると、こっちも強く出られない。
すっかりガタイがデカくなったくせして、こういう時だけ昔と変わらないってのも、ハッキリ言って詐欺だよなあ。
「いつもいつも。オレの後、ついてこなくても、いいんだぞ?」
「ナオが行くところが、オレの行くところだ」
「い〜ち〜!おーまーえーな〜っ!!」
はあ、と盛大なため息をつく。
お豆だった、あの頃ならまだ、いい。
でも今は。
軽く180越えちゃってるような、育ちまくりなヤツが。
ヒヨドリよろしく、誰かの後をついて歩く……ってのは、なぁ?
「そんなだから、カルガモ親子とか呼ばれるんだっ!」
そう。
学校の中でも、外でも、ウチの近所でも、ところ構わず。
いつもいつも、その調子で。
そりゃ、オレだって、壱のことは……その、す、好きだし?
一緒にいることは構わないのだ、もちろん。
だがそれだって、一応、時と場所は選びたいというか、TPOは考えたいというか。
こう、四六時中べったりなのは、正直、勘弁して欲しい。
おかげで、壱に用事のあるヤツは、クラスメイトも担任も、まずオレに聞くようになった。
近くに居ないと、『あれ、加持は?一緒じゃねぇの』と、不思議そうな顔をされる。
無愛想でとっつきにくく、近寄りがたい印象だった壱が、オレの後ろを必死でついていく姿は、相当ギャップがあるらしい。
それが一部の女子から、可愛いとか言われて何故か人気が出る始末だ。
わけわからん。っつうか、何だよ、可愛いって!どこがだよっ!?
「カルガモ……そう、だな」
「って、納得してんじゃねぇ!」
「でも、そうだ。オレは、ナオを見てたら、ついていかずには、いられないから」
「………」
「だけど、ナオが、迷惑だって、言うなら。……もう少し、我慢する。なるべく、ついてかないように、する」
表情は替えないままで、何か物凄い一大決心をするような口調で、壱が重々しく言うものだらか。
「……いいよ、ついてきても」
オレは、思わず笑ってしまった。
ホント、全然、変わらねぇ。
見た目はすっかり変わったのに、中身があの頃のままって、それって、どうなんだ?
そう、思うけど、本当はオレも、わかってるんだ。
背中越し、振り返ると、そこに壱がいる。
昔と変わらない、オレだけが気づくくらいの、ささやかな笑顔を浮かべてこっちを見ている。
それが、嬉しいんだって。
「ついてくんのはいいんだけど、後ろに立つなよ。お前デケェんだから、背後に立たれると、圧迫感あるんだっつうの」
「え……」
そう言ったら、壱は戸惑って、困ったようにオレを見詰めるので、オレは壱の腕をぐいっと掴んで、ひっぱった。
「だから、こっち」
おんぶお化けのようなポジションを、変えてやる。
「後ろじゃなくて、こっちに、いろよ」
「ナオ……」
「んだよ、隣じゃ、不満か?」
「不満じゃ、ない」
そうして、見せた表情は。
たぶん、誰が見てもそうとわかるくらいの、明るい笑顔だった。
背中越しのアイツ。
今日からは、振り返らなくても、すぐ、顔を横に向けたら確認できる。
新しいポジションは、まだちょっと、慣れないけど。
きっとすぐに、日常に変わるだろう。
Fin.