臨海合宿SS(武岡×真田)
遠距離デート
今日は、離れて住んでいて、普段はなかなか逢えない相手に逢える、待ちに待った日だ。
直登は胸を弾ませながら、待ち合わせ場所に向かった。
だが、そこに居たのは、待ち人だけではなかった。
「……なんでコイツまでいるんだよッ!?」
思わず指差して叫ぶと、黒服サングラスの男は、フフフ……と、楽しげに笑った。
「そう、邪険にすることもないじゃないか。それとも、私がいては、都合が悪い?」
「悪いに決まってんだろ!」
「あ〜、その、何だ。すまん……」
黒服サングラス男の隣で、煙草を片手にした男が、申し訳なさそうに謝る。
そう、直登が待ち合わせしていたのは、今謝った方――武岡ひとり、のはずだった。
なのに、ついてみれば、余計なモノがそこにはいた。
やたらと武岡を構い、ついでとばかりに直登にまでちょっかいをかけてくる、見た目はヤクザのようだが、実は警察官の、宇佐見だ。
「武岡は私がここまで送ってきたんだ。別に私がいてもおかしくはないだろう」
「おかしいに決まってんだろ!?送ってきたんなら、現地解散しろよな!」
「ははは。最後まで責任を取るのが私のモットーなのでね」
「知らねぇよ!んなモットー!」
せっかく、やっと、武岡に逢えたのに、コイツがいるんじゃ、喜びも半分だ。
絶対、絶対、邪魔をされるに決まっている!
この疫病神をどうしてくれよう、と直登が頭を悩ませていると、それまで黙っていた武岡が、直登の手を取って耳元で囁いた。
「……走るぞ」
「え?」
問い返した時には、手をつかまれたまま、走り出していた。
振り返ると、虚を突かれた宇佐見が立ち尽くしている。
それを見ると、ちょっとだけ気が晴れた。
(ざまあみろ、だ)
と、直登が思う間も走り続け、すぐに大通りを離れると、路地裏を曲がる。
もう十分に振り切っただろう、という辺りで、ようやく武岡は立ち止まった。
しばらく、苦しい呼吸が整うのに時間を費やした。
「あー、クソ。こんな走ったの、久しぶりだ」
「あんた、いきなり走り出すんだもんな。驚いたぜ」
「ああでもしないと、お前ら、いつまでもあのままだろうが。ったく、いちいち、宇佐見の野郎構ってやることねぇんだよ」
「オレが構ってんじゃねぇよ!アイツが、勝手に……!」
「あー。わかったわかった。それで?これから、どうするんだ」
「ああ、うん、そうだな……」
邪魔者が、ようやくいなくなったのだ。
これ以上、時間を無駄にすることはない。
とはいえ……。
「あんたは?どっか、こっちで行きたいところとかあるのか」
「オレは別に。何だ。行きたいとこ、決めてなかったのか?」
「逢ってから決めればいいかなって思って……。オレ、あんたが行きたいようなとこ、わかんねーしさ」
「そうか。そうだな……」
直登と、武岡は、その、一応……付き合ってる、ということになっているが、その付き合いは始まったばかりだ。
おまけに、普段は離れて暮らしている。
その上、年の差も、結構ある。
ので、直登が行きたいような場所が、はたして、武岡にとって好ましい場所なのかわからなかったのだ。
本来なら、こちらに住んでいる直登が、色々と案内するべき立場なのかもしれないが……。
「じゃあ、お前が普段よく行く場所に案内してくれ」
武岡は、しばらく考えた後、そう直登に告げた。
「え?それで、いいのか。あんたが行きたい場所とか、ホントにないのか?」
「ああ。オレはこっちには詳しくないしな」
「でも、オレがよく行く場所でいいのか?」
「お前が、普段どういう生活をしてるのか知りたいんだよ」
「そっか、うん、わかった……」
別に、特に変わった事を言われたわけでもないのに、何だか照れる。
武岡が、直登のことを知りたい、と思ってくれているのが、素直に嬉しい。
もちろん、口に出しては言えないけど……。
「それじゃ、壱とか真柴とかと学校帰りによく行く、お好み焼き屋に行こうぜ。あそこ、安くて、量が多くて、旨いんだ。あ、もっと、ちゃんとしたもんの方がいい?」
「……いや、そこでいいぞ」
「ちょっと歩くけど、いいよな」
そう言うと、直登ははりきって歩き出した。
そんな彼を見て、笑いながら武岡がらついてきているのに、直登は気付いていなかった。
お好み焼き屋で、ボリューム満点のお好み焼きを食べた二人は、その後ゲームセンターに寄った。
ゲームなんて、全然しないように見えるのに、武岡はなんでも、結構上手かった。
反射神経がいいのかもしれない。
気が付いたら、直登は武岡を倒すべく熱中してプレイしてしまった。
そして店を出る頃には、大量のぬいぐるみを腕に抱えている羽目になってしまった。
「おい、これ、ちょっとは持てよ」
「断る。お前がやろうって言い出したんだから、お前が責任をもて。オレはこんなのいらないって最初に言ったんだからな」
「うー……」
武岡の言い分は、その通りだったので、諦めて、直登はぬいぐるみを抱えなおした。
「……それに、お前が持ってた方が、似合うぞ」
「はあ?んだよ、それ。似合うわけねーだろ、こんなの」
「いいや。そうやってると、どっちがぬいぐるみかわからないぞ」
ニヤニヤ笑って言われて、直登はムッとする。
ぬいぐるみと区別が付かないとは、あんまりな言い様だ。
文句を言おうと、口を開こうとしたら、それより先に、武岡が口を開く。
「可愛いなあ、お前」
「………っ!」
その口調が、からかうようなものだったら、まだよかった。
反論の、し甲斐もある。
だけど、目を細めて、何だか愛おしそうな、優しい声音でしみじみ言われたら、言おうと思っていた文句も、引っ込むというものだ。
(ちくしょう……ズルいぞ)
文句を言い損ねた直登は、ぬいぐるみを抱きしめて赤くなった。
「んん?どうした」
「なっ、何でもねぇよ!」
そんな直登さえも、可愛いのだろう。
武岡は、うつむいてしまった直登を、笑いを堪えて見ていた。
下を向いていても感じる視線に、直登は首筋がちりちりするような、居心地の悪い思いを味わう。
「か……」
「か?」
「か、帰りの時間は、大丈夫なのか?」
気恥ずかしさを堪えて、直登が尋ねると、武岡は腕時計を確認する。
「そうだな、そろそろJRの時間だな。でも……」
「でも、何?」
「もう一泊してもいい。今泊まってるとこはチェックアウトしたが、別のホテルをとってもいいし。……どうする?」
「え。どうするって……」
「くるか?お前がくるなら、もう一泊していってもいいぞ」
「えっ、あ、その、ええと……っ」
いきなりの申し出に、直登は更に顔を赤くして、わたわたする。
そんな直登を、武岡は人の悪い笑みで見ている。
「別に、強制はしないぞ」
「ああ、うん……」
明日は、休日だ。
だから、外泊する分には、どうとでもなる。
親には、友達の家に泊まるとでも言っておけばいいし。
だから、問題は、そんなことではなくて……。
「まあ、いきなりこんなこと言われても、困るよな。それじゃ、オレは、ここで……」
「ま、待てよ!誰も、泊まらない、なんて言ってない……!」
「無理する事ないんだぞ」
「無理なんか……!」
自分で誘っておきながら、大人の余裕、とばかりに強くは薦めてこない武岡に、直登はじれったくなる。
これでは、余裕がないのは、自分ばかりのようだ。
逢いたいと思っているのも、もっと一緒にいたいと思っているのも……。
そう思うと、すごく、悔しい。
「そうか。じゃあ、行くぞ」
決まった、と見てとった武岡は、そう言うと、直登の手を取って歩き出した。
「えっ……、あ……?」
「なんだ?今更、イヤだとか言ってもきかないぞ」
「いや、そうじゃないけど」
手、が。
あんまりフツーに繋がれてしまった手に、戸惑う。
だが、振りほどきはしなかった。
さっきは、自分ばかりが逢いたいと思っているようでイヤだ、と思ったのが、そうじゃなかったんだ、ってのが繋いだ手から、伝わってきたから。
「まさか、ラブホテルとかじゃねぇよな?」
だけどやっぱり、口に出しては言えないので、照れ隠しに憎まれ口を叩く。
「泊まりたいのか?」
「ち、違っ……!」
「そっか、お前はラブホなんぞ使ったことねぇよな。じゃあ、記念に泊まってみるか?」
「い、いいよっ!フツーの!フツーのとこでいい」
「はは。バーカ。行くわけないだろ。その辺のビジネスホテル泊まるから、心配するな」
(だったら、紛らわしい事言うなー!!)
いいようにからかわれている。
くやしいけど、でも、ちょっとだけ、嬉しかったりも、する。
だって、こんなやり取りが出来るのも、一緒にいてこそ、だから。
電話だけじゃ、たりない。
顔を見て、しゃべって……、触れて。
もっといっぱい、一緒にいたい。
「……直登?」
黙りこんでしまった直登を、武岡がそっとうかがう。
直登は、繋いだ手を、ぎゅっと握り締めた。
言葉に出来ない想いが、伝わるようにと。
「何でもない。早く、行こうぜ」
「おお?やる気満々だな」
「違っ……!ったく、あんた最近、宇佐見の野郎に似てきたんじゃねぇの?」
「すまん。それは勘弁してくれ」
他愛のないやり取りすらも、愛おしい。
それも、明日までのわずかな間のことだけど。
それからは、また離れ離れの時が続く。
だから、今、この瞬間、瞬間に、感じていたい。
誰にも――もちろん、宇佐見なんて問題外だ――、邪魔されることなく、思う存分。
武岡、という離れて暮らす、年上の恋人の存在を。
Fin.