臨海合宿SS(武岡×真田)

おせちを食べよう

 武岡先生の家に遊びに行ってくる、と出かけてきたのは、ウソじゃないのに何だか後ろめたいのは何故だろう。
 適当に、友だちの家に行く、ってことにしてもよかったんだけど。
 何でホントのこと言わねぇんだ、と向こうに言われれば、あえて事実と異なることを言うわけにも、いかなくて。
 こういう微妙なところを、わざわざ説明するのもかったるいし、そんな繊細さを相手に求めるのも無理な気がする。

(オッサンだもんなあ……)

 妙なところで、しみじみと、年の差を感じたりする。
 だからって、めんどくさいからそこで、付き合いをやめたり、とかは、するきはないけど、もちろん。

「お邪魔しマース……」

 そんなわけで、ちょっと色々、複雑な想いを秘めつつ、正月早々、直登は武岡の家に泊りがけでやってきた。
 鍵のかかっていない玄関扉を、不用心だなあと思いつつ、そっと開ける。
 中から、聴きなれた声で、返事が返ってきた。
 電話じゃない声を聴くのは、久しぶりだ。
 そして今年初めて、だったりする。

「おお。よく来たな。あがれあがれ」
「ああ、うん」

 どぎまぎしながら、家の中に入る。
 と、そこには……。

「何でお前も居るんだよ!?」
「やあ、あけましておめでとう、真田君」

 最早天敵、と言っても過言ではない、見た目はヤクザ、中身は警察、の宇佐見がすっかりくつろいだ風で、そこにいた。

「しょうがねぇだろ。呼んでもないのにきやがるんだ。お前も気にするな」
「気にするに決まってるだろ!」

 だったら、家にあげなきゃいいのに、と思うのに、武岡は案外、人がいい。
 自分を尋ねてきた人間を、あっさり追い返すようなことは、しないのだ。
 見た目が結構強面なのに、そういうところはギャップがなくもない。

(そういうとこ、結構、好きだけど、さあ……)

 だけど、そういうのも、時と場合によるっていうか。
 新年早々、一応……ツキアッテル、ヤツからお呼ばれして、どきどきしながら来て、コレ、って言うのは、どうなんだよ、と思う。すっごく、思う。

「実のとこ、人数は多いに越したことねぇからな」
「え……?」
「じゃないと、オレとお前だけじゃ、この量は無理だろ」

 そう言って、武岡が指したテーブルの上には、ずらりと並んだ、料理の数々。

「うわっ。これ、おせち料理か?もしかして、アンタが作ったのか?」
「そんなわけないだろ。もらいもんだよ、もらいもん」
「武岡は、モテモテだからねぇ。往診先で、行った先行った先、もらってきて、この量になった、と。そういうわけだよ」
「はあ……なるほど」

 武岡は、小さな診療所を開いている、町医者だ。
 こう見えても、往診もマメにこなす。
 そして、その往診相手であるじいさんばあさんに、何でだか受けがいい。
 年よりは、こういう季節行事をかかさないし、帰ってくる子供や孫の為に、と必ずと言っていいくらい、おせち料理を作るので、それを持たされたらしい。
 武岡は、一人暮らしなので、余計に、もってけ、もってけ、という事態になったのだろう。
 持たされた料理も、一つずつは、そう大した量ではなかったのだろうが、ちりも積もれば……というヤツである。
 気が付けば、テーブルにずらりと並ぶハメになった、とそういうことか。
 
「毎年こうなるんだよな。食いきれねぇからいいって言っても、きかねぇんだよ」
「ふうん……、なんだ、そっか」

 理由を聞けば、ああなるほど、だ。
 毎年恒例なら、年末にこの事態は予想できていたのだろう。
 だから、直登を誘ったというわけだ。
 だけど………。

(だったら、最初っから、そう言えよなッ!!)

 ここに来るのを、親に言うのでさえ、どきどきしたって言うのに。
 蓋を開いてみれば、もらいすぎて食べきれないおせちの、処理要員、だなんて。
 あんまりだ。

「……ん?どうした、直登」

 うつむいて、黙り込んだ直登を、武岡が不思議そうに見ている。
 そんな二人の様子を、宇佐見がうっすらと笑みを浮かべて見ながら、武岡に言った。

「新年早々、恋人の家にやってきたのに、残飯処理みたいに言われたら、そりゃ彼だって、不機嫌にもなるだろうよ、武岡?」
「はぁ!?なに言ってんだ、宇佐見!ちょ、ちょっと待て!違うぞ!これは、言うなりゃついでで……、それに、何だお前!残飯って!せっかく分けてくれた、ばーさん連中に悪いだろ、その言い方」
「ああ、すまんすまん。つい、口が滑った。うん、立派なおせち料理だものなあ」
「……あ〜、なお、と?言っとくけど、これはついでだぞ、ついで。大体、これ食わすだけだったら、泊りがけの意味ないだろ。あらかた食ったら、この野郎だって、叩き出すんだし!」
「ひどいなあ、武岡。何なら、私も泊まっていっていいんだよ?いっそのこと、君たちに混ざって……」
「黙れ、宇佐見!それ以上つべこべぬかすと、本気で今すぐ蹴り出すぞ!」
「おお、怖い怖い」
「…………」

 仲がいいんだか、悪いんだかの、相変わらずのやり取りを交わす武岡と宇佐見を、直登は黙ったまま見詰めた。
 武岡は、すっごく焦って、必死にしゃべって、直登のことを、うかがっている。

(足りねぇんだよなあ、色々)

 気遣いとか、さり気なさとか、そういう諸々。
 だから、宇佐見なんかに、簡単にまぜっかえされたり、するのだ。

(でも………)

 何も言わない直登を、不安げに、おろおろ見ている、その気持ちは、ちゃんと伝わってくる。
 わかる、から。

「怒ってる、のか……?」

 一番大事なものは、ちゃんともらってるから、それでいい。

「怒ってねぇよ」

 直登は、今年初めての笑顔を、武岡に向けた。
 

 そのまま、照れたように見詰めあう二人だったが、残念ながら、そこには宇佐見、というお邪魔虫が、まだ残っていた。
 二人の間に、割り込むように、箸を突き出す。

「それじゃ、君たちの今年初めての喧嘩と仲直りも済んだことだし、さっそく目の前の料理にとりかかろうか」
「あ、ああ、そうだな。食うか」
「って、まさかコレ、全部食べるのか?」
「あー、食えるだけでいいから、とにかく食ってくれ」
「うん、わかった……」

 おせち料理の数々は、三人で食べても、到底無理、というくらいの量だったが……。
 あれが美味いの、あっちも食えだの、マメマメしく働くために豆を食っとけだの、数の子食べれば子だくさんになれるぞー、そんなわけあるか馬鹿!とかやってる内に、あらかたの量は、食べつくしてしまったのだった。


「も、もう食えない……」

 予想以上に食べ過ぎてしまって、直登は畳みにごろんと寝転がっていた。
 最初に宣言していたように、おせちタイムが終わると、宇佐見は早々に、武岡に追い返された。
 ので、今は二人きりだ。
 テレビもつけていないので、部屋の中は、しんと静まり返っている。

「お茶、飲むか」
「飲む」

 あったかい緑茶で、ほっと一息つく。
 ここに来る前に思っていたのとは、色々違ったけど、結果的には、こういうのも悪くない。
 目の前で、お茶を飲んでいる年上の男を、直登はしみじみと見詰めた。
 
「……、どうした?直登」
「え、ううん、何でもない、けど。……あ」
「ん?」
「忘れてた」

 直登は崩して座っていた足を直して、きちんと正座すると、手をついて頭を下げた。

「あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったか。あけましておめでとうございます。今年も……、これからも、よろしくお願いします」

 武岡も、きちんと正座して、頭を下げる。
 挨拶が終わって、顔を上げたら、目が合った。
 そのまま、何となく、微笑みあって、顔が近づく。
 今度は、余計な邪魔者がいない。
 吸い寄せられるように、キスをした。

「……もう、寝るか?」
「えっ。あ、ああ、うん……」

 泊まりできているのだから、そのつもりだったけど、改めて言われると、何だか物凄く恥ずかしい。
 顔を赤くして、直登が目を反らすと、武岡はにやりと笑った。

「こういうのって、アレだ。姫はじめ、とか言うのか?」
「ばっ……かじゃねぇの!オヤジくせぇ!」
「そりゃ、オヤジだからな」

 開き直ったオヤジほど、たちの悪いものはない。
 そう、思ったけど。
 だけど、やっぱり、そういうところを含めて……。

「お前は、そういうオヤジがいいんだろ?」
「………っ!!」

 言い返せないのが、何よりも雄弁な、返事だった。


Happy Nwe Year!!