臨海合宿SS(加持×真田)

羽初詣デート

 普段ならば、かなりの広さがあるはずの沿道は、人いきれでごった返していた。
 それもそのはず、今は一年の中でこの場所が最も賑わう季節だ。
 新年の抱負や希望を、それぞれが託して気持も新たにやってくる、神社。
 道を行く人々の顔は皆明るく、華やかだ。

「ナオ、危ない」

 前からやってくる人を避けようとして、躓きそうになった直登を、隣を歩く壱が長い腕を伸ばして、支えてくれた。

「ありがと、壱」

 振り向いて、礼を言うと、壱は、こっくりと頷く。
 ナオが無事だったら、オレはそれでいいんだ、と言ってるみたいに。
 口数の少ない幼馴染だが、人をさり気なく気遣えるところは、直登よりも上手いかもしれない。
 あまり愛想がないので、そういうところは、わかりにくいのだけれど。
 でも、わかりにくいくらいで、ちょうどいいのかもしれない。
 壱のそんなところは、直登だけがわかっていればいいのだから。

(こーいうのも、独占欲、ってヤツなのか?)

 こっそり思って、こっそり照れる。
 数年のブランクを経て、再び付き合いだした――幼い頃とは、違う意味で――壱との関係は、以前と同じようで、違う。
 ふとした瞬間に、それに気付いて、直登は戸惑いと共に、くすぐったいような、嬉しさも感じていた。

「先に、お参りから、済ませるんだよな?」
「うん」

 確認すると、壱は短く答えながら、直登の手を握ってきた。

「えっ……、壱?」
「人、多いから。はぐれない様に」

 いつもだったら、そんなこと言われても、人前で手を繋いで歩いたりなんか、絶対にしない。
 子供の頃ならともかく、もうそんなことをするには、少々無理があると思うから。
 ……第一、男同士、だし。
 壱と付き合ってること自体を、恥ずかしい、と思ってるわけじゃないけど、だからって、それを喧伝して歩くような真似は、なるべく控えたい。
 だけど、今日は特別だ。
 お正月、なのだし。
 こんなに人手が多いのなら、男同士で手を繋いでいても、そうおかしくもないだろう。

(おかしくったって、別にいいじゃん)

 新年の、明るい気分が、直登の気持ちも、晴れやかにしていた。

「うん……、そう、だな」

 だから、直登も、頷き返して、ぎゅっと手を握り返した。
 壱の手は、大きくて、温かい。
 ほっとする、温かさだった。
 そっと、隣を見ると、壱も直登を見ていた。
 何となく、笑い合う。

(誰に見られたって、構うもんか)

 だって、壱と手を繋いで歩くのは、手だけじゃなく、心まで、ほんのりと温かくて、幸せなのだから。
 

「えーと、次、どうするんだっけ?お前、何か買うものあるんだろ」
「うん。道場の神棚に飾る、御札……」
「そっか。じゃあ、忘れないように買いに行くか」

 押しくら饅頭のように込み合った、神社のお社の前で新年のお参りを済ませて、ほっと一息を付く。
 あんなに人が多いのなら、神様も一人ひとりの願い事なんて、どれがなにやらわからないのではないだろうか、と思う。
 でも、例えそうであっても、直登の願いは、すでに叶って隣にあるのだから、問題ない。
 叶えてもらいたいと言うよりも、改めて確認したいと言ったところだろうか。

「ああ、あっちみたいだぞ。売り場」

 それでも、新しい気分でお参りをした今、爽やかな気分だ。
 いい気分のまま、直登は壱と、札や破魔矢、お守りなどを、たぶんこの時期ならではのアルバイトらしき巫女さんが売っている場所へと向かった。

「あ、おみくじも売ってる」
「ナオ、引きたいのか?」
「うーん、そうだな。引いとくか。お前は、壱?」
「ナオが引くなら、オレも引く」

 いつでも売っているものなのだろうが、こういう機会でもないと、中々引かないものだ。
 箱の中に、中身が見えないように小さく折りたたんで入っているおみくじを、直登は壱と一緒に、引いた。
 売り場から離れた場所で、おみくじを開く。

「中吉だ……。微妙。ああでも、願い事は叶うでしょう、ってあるな。壱は?」
「オレも、中吉だ。待ち人は来るでしょう……」
「お互いぱっとしねぇなあ」

 苦笑して、壱を見ると、壱は真面目な顔で呟いた。

「でも、オレは、ナオと同じで、嬉しい。それに、二人あわせたら、大吉だ」
「ははっ。何だよ、それ。二人あせて、とか、ねぇって」
「そうなのか?」
「あー、うん、でも、そうだな。そういうのもアリかも」

 二人一緒なら、中くらいの幸せも、抱え切れないくらいの、大きな幸せになる。
 そんな風に考えてみるのも、いい。
 うん、悪くない。

「願い事も叶ってるし、待ち人ももう来てるからな。二人あわせたら、大吉だな」
「うん」

 直登は、それが何が、とも、誰が、とも言わなかった。
 言わなくても、ちゃんと、伝わってるって、わかってるから。
 だから、二つのおみくじを一つにあわせて、枝に結んだ。


「さて、じゃー、そろそろ帰るか」
「うん……、ナオ」
「何だ?」
「家、来ないか?」
「へ?だってお前んち、お弟子さんとかが来てるんじゃねぇの?」
「いや、そういうのは、特にしないから。正月あけの、最初の稽古の時に、挨拶するくらいで……」
「ふーん、そういうもんなんだ」
「……で、今日、親が、親戚のとこ行って、いない、から」
「あ、ああ、そうなんだ……」

 はっきり言われなくても、壱が言いたいことは、もちろん、わかる。
 でも、心構えがなかったので、ちょっとだけ、戸惑う。

「ナオ……?」
「あ、うん、えーと、そうだな……」
「ナオが、イヤ、だったら……、我慢、する」

(だから、そんな捨てられた子犬みたいな目で見るなよ〜!!)

 言葉数が少ないだけに、それ以上に雄弁に語るもの、というのが、確かにある。
 直登は、壱から、こういう目で見られることに、弱かった。
 わかったから、そんな顔するな、って言いたくなる。

「ば〜か。ヤじゃねぇよ……、行くよ」
「そうか。ナオ、来て、くれるんだ」

 ぱっと。
 よく見てないとわからない、壱をよく知らないとわからないくらい、微かだけど、本当に嬉しそうな顔になる。
 こういう顔を見たくて、つい、返事をちょっとだけ、焦らしてしまうのかもしれない。

「壱の家についたら、電話、貸せよ。親に泊まるって言っとくから」
「うん……」

 壱が、ナオの手を、ぎゅっと握った。
 直登もそれを、柔らかく握り返す。
 願い事も、待ち人も、確かにこの手の中にある。
 二人合わせて、倍になった、幸せが、ここに―――。


Happy Nwe Year!!