「ん……?何だ、コレ」
2月14日、朝。
いつもどおりの時間に登校した直登は、下駄箱のフタを開けて、首をかしげた。
そこには、メモが入っていた。
いや、正確には、カードだ。
しかも、それはかなりファンシーなものだった。
カードには、そう、メッセージが記されていた。
「太田……。何がしたいんだ、お前は?」
これが普通のメモ帳のきれっぱしか何かで、見知らぬ誰かからの言伝なら、ヤキでも入れられるのかと思うところだ。
だが、相手は、よく知る人物からのもので。
なので、直登はさらに首をかしげるのだった。
カードを不審げに眺めながら教室に入った直登は、そこに太田の姿を見かけ、早速、この謎を解こうと話しかけた。
「おい、太田……」
「やあ!おはよう、真田君!今日もとってもいい天気だね。じゃ、僕は用があるので失礼するよ!」
「お、おい、太田っ!?」
何かを聞こうにも、その暇さえ与えずに、太田はピューッと教室から居なくなってしまった。
そんな感じで、あっという間に昼休みが来てしまった。
「ナオ、今日の昼……」
「ああ、オレ、ちょっと用事があるから、真柴と先に食っててくれ。オレは太田と……って、もういねぇ!?」
加持に説明しているわずかな隙に、太田の姿はもう、見えなくなっていた。
「何がしたいんだ、あいつは……」
いいヤツだが、何だか掴めないヤツだ。
太田の中では、全てのつじつまが、あっているのだろうけど。
「ナオ……?」
「あ、ああ、何でもない。とにかく、先に食ってて!」
そう、加持に告げると、太田が待っているであろう場所に直登は急いだ。
「あ!真田君!来てくれたんだねっ!?」
「来てくれたも何も、お前が来いっつったんだろーが。何だよあの謎の指令カードは」
カードを右手の人差し指と中指の間に挟み、直登はぴらぴらと振った。
意図を聞こうにも、ずっと聞けないままだったので、仕方なく昼休みの体育館裏なんていうマイナーな場所に、結局訪れてしまった。
「うん、それなんだけどね。ボクも、最初はそのまま下駄箱に入れておこうと思ったんだよ。でも、よく考えてみたら、それってちょっと不衛生なんじゃないかって、思いなおしたんだよ!だって、仮にも、食べ物と靴を一緒に入れるわけにはいかないからね!」
太田は、弾丸のようにしゃべり出した。
……が、言いたいことは、さっぱりだ。
「おい、ちょっと待て、太田。何の話だ」
「何って、下駄箱にカードを入れていた理由だよ」
「オレはお前が何を言いたいのか、さっぱりわかんねーぞ」
頼むから、自分の中だけで納得して話を進めるのは、止めて欲しい。
言いたい事、全く伝わってないから。
「そうなの!?案外、君も鈍いんだなあ!」
「お前に言われたくねーよ。って、ますます何の話だよ」
「真田君、今日は何の日か知ってるかい?」
「今日……?あー。何だっけ、2月……14日だな。あ、バレンタインデーだ」
「そうだよ。つまり、そういうことさ」
「は?」
だから、何が、つまりそういうことになるんだ?
バレンタインデーと、昼休みの体育館裏の関連性はどこだ。
「いやだなー、もう!君にチョコレートを渡すために、ここに呼んだってことだよ!」
右手の人差し指を立てて、太田が、じれったそうに言う。
そこまで言われて、ようやく直登にも、事の次第が正確に伝わった。
思わず、間抜けな声で、聞き返してしまう。
「あ……そう、なんだ。でも、何で、昼休みに体育館裏?」
「みんなの前で渡すのは、恥ずかしいじゃないか!放課後にしようかなって思ったんだけど、それまでに決心が鈍っちゃうかなって。でも、朝一番ってのも、中々勇気が出なくて。だから、昼休みにしたんだ」
「体育館裏なのは……」
「ここなら、めったに人が来ないだろう?」
説明されてみると、謎も、何でもないことだった。
つまり、バレンタインデーにチョコレートを渡すため、人気のないところに呼び出された、と。
そういうことだ。
今日が何の日かをちゃんと覚えていれば、簡単に予測できたことだろう。
だが……。
「太田……。お前、マメだな」
ひょんなことから――臨海合宿で起きた出来事を、『ひょん』の一言ですませていいのかってのはさておき――直登はこの超マイペースな委員長と、付き合うようになった。
友達同士、よりももう少し、踏み込んだ関係で。
とはいえ、男同士、だし。
こういうイベントごととは無縁だと、何となく直登は思っていた。
「当然じゃないか!こういう恋人同士のイベントをひとつひとつこなしていって、二人の絆がますます深まっていくというものなんだよ!」
「そ、そういうもん……?」
「もちろんだとも!」
力強く力説されれば、そんなもんなのかな、と思ってしまう。
割と流されやすい、直登だった。
「あー、でも、ゴメン。オレ、何も用意してないんだけど」
「それは大丈夫!バレンタインデーのお返しは、ホワイトデーだと決まっているからね!」
眼鏡越しに、大きな目をキラキラと輝かせて言われたら、もう、それ以上何も言えない。
「あー、うん……わかった」
「じゃあ、そういうことで、ハイ、チョコレート!」
「サンキュ」
下駄箱に入っていたカードに負けず劣らず、ファンシーにラッピングされたチョコレートを受け取り、直登は何とか笑顔を作った。
「どういたしまして!」
こちらは全開フルパワーな笑顔を返す、太田。
(まあ、いっか)
嬉しそうに笑う太田を見ていたら、男同士でバレンタイン、上等じゃないかって気になってきて。
それに太田が喜ぶのなら、恋人同士のイベントごととやらにも、いくらでも付き合ってやろうってものだ。
「それじゃ、戻るか。昼飯、まだだろ」
「うん、そうだね。あ!でも、ボクが先に戻るから、真田君はちょっとここで待ってから戻ってきて」
「へ?何で?」
「一緒に帰ってきたら、こっそりチョコを渡した意味がないじゃないか!」
「あ、そっか」
「じゃあ、そういうことで。ボクは先に行くね!来てくれてありがとう!」
太田はそう言うと、素早く校舎のほうへと戻っていった。
その背中を見送って、直登は手にしたチョコレートの箱を眺めた。
「………」
一人で突っ走って、一人で納得して。
いまだに、よくわかんないヤツではあるけど。
「まあ、いっか」
今度は口に出して、呟く。
(太田のペースに巻き込まれんの、嫌いじゃねーし)
何が飛び出してくるのかわからなくて、面白い。
太田といっしょだと、これからも退屈だけはしなさそうだ。
ファンシーなチョコレートを学ランのポケットにそっと入れる。
直登は、律儀に数分待ってから、ゆっくりと教室に戻って行った。
Fin.