臨海合宿SS(加持×真田)

文化祭の買出し

「ガムテープ2つ、ポスターカラーの赤と青と黄色。画鋲に、模造紙。ベニヤ板……買い忘れたの、ねぇよな?」

 制服のポケットから取り出したメモを、真田直登は歩きながら読み上げる。
 
「ない」

 短く答えたのは、少し後ろから付いてきている、クラスメイトの、加持壱之、通称、壱だ。
 壱は、かさばるベニヤ板を数枚、抱えている。
 今月末に行われる文化祭で、直登たちのクラスは、劇をやることになった。
 それに必要な材料その他諸々を、2人は買出しにきたのだ。
 小道具兼、大道具係りの担当になったので。
 買出しは、別に1人でも大丈夫だと直登は言ったのだが、『オレも係りだから』と壱も結局ついてきた。
 ホームセンターなどを回って、いざ買い物をすませると、思ったよりも荷物になったので、2人で来たのは結果的に、正解だったかもしれない。

(でもまあ、オレ1人で、運べない量でもないんだけどなー)

 逆に、壱が1人で買出しに来ても、問題はなかっただろう。
 実際、『じゃあ、お前1人で行ってくる?』とも聞いてみた。
 係りとして、やる仕事はまだあるのだから、どちらかが残って作業をしたほうが、効率はいい。
 が、壱に無言で、でも今では何となくわかるようになった、どことなく哀しそうな顔で、じーっと見つめられたので、
『ちょっと、そこの2人!サボる気じゃないだろうな!?』
という真柴の言葉を背中に聞きつつも、2人で買出しに出かけた、わけなのだった。

「買い忘れてんのあったら、後で面倒だからな、色々。んじゃ、とっとと帰るか」

 こまごまと物の入った袋を、よっこらせ、と直登は抱えなおした。
 1つ1つは大したことはないのだろうが、まとまると結構、重い。
 袋につっこんだ、筒状の模造紙が落ちそうになって、直登が慌てて、押さえようとした、その時。

「ナオ……っ!」
「わわっ!?」

 壱が、直登の腰に手を回して、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
 通りの向こうの曲がり角から、結構なスピードで自転車がやってきていたのだ。
 荷物に気を取られていて、気づくのが遅れた。
 自転車の方も、携帯しながらの片手運転で、直前で慌てて避けていった。

「あっぶね……!びっくりした……。ったく、自転車のヤロー、携帯かけながら歩道走るなっつーの」
「大丈夫か、ナオ」
「ああ、うん。サンキュ、壱」
「うん」
「………」
「………」
「あー。だから、もう、大丈夫なんだけど」
「うん」

 背中に、自分のじゃない、体温を感じる。
 腰に回ってる手は大きくて、それと同じくらい、広い胸。

(胸っつーか、胸筋?)

 自分の後を、いつも付いて歩いてたのは、小さい頃と変わらないのに。

(なんか、ずりーよなぁ)

 ちょっとだけ、理不尽に思ってしまうのは、何故だろう。
 先を歩いているのに、置いていかれているような、気持ち。

「いつまでも、ひっついてんじゃねーよ」

 わざと、乱暴に言って、壱の腕を振りほどいた。
 立ち止まっていた分を、取り戻すように、早足で歩き出す。
 鼓動が少し、速い気がするのは、不意打ちに驚いたせいだ。
 いきなり、自転車が突っ込んで来そうになったから。
 ただ、それだけだ。

「ナオ……?」

 呼ばれて、ちらりと首だけ動かして、振り向く。
 壱は、先ほどと同じように、直登の少し後ろから、ついてきていた。
 目が合って、壱がわずかに首をかしげる。

「なんでもねーよ」

 直登は、それだけ言って、視線を前に戻す。
 子供の頃と同じ、変わらない距離。
 
(でも、あの頃と、全く同じじゃ、ないんだよな……)

 それが不思議にも、当り前にも思えて、矛盾してんなあ、と直登は思う。
 チビでおミソだった壱はもう、どこにもいない。
 身長も体重も軽く抜かれていて、直登と比較してみるまでもない。
 歩幅だって、ガタイの分だけ壱の方があるわけだから、同じスピードで歩くとしたら、壱の方が、先に行ってるはずだ。
 そんな風に、頭では計算できても、自分の前をすたすた歩いて行く壱、なんてのは、なぜか直登には想像できなかった。



 その後は何事もなく、さほど経たずに、学校へと戻ってきた。
 葉ずれの音に顔をあげると、校舎の側にあるイチョウの木が葉っぱを風に揺らしているのに気付く。
 直登が転校してきたばかりの頃は、まだ若草色だった葉っぱも、すでに黄色に色づいていた。
 制服もとっくに、白の半そでシャツじゃなく、学ランで。
 どんなに変わらないようでも、季節は確実にめぐっていっている。
 そしてきっと、来年のイチョウは今年とまったく同じものでは、ないのだろう。

「………さっさと教室戻ろうぜ。サボってたとか言われちゃ、たまんねーし」

 イチョウから目を戻し、荷物を右腕だけで抱えなおす。
 空いた手で、直登は壱の腕を取った。
 後ろにいる壱を、自分の方に引き寄せた。
 ごく、軽い力で。

「わかった」

 壱は、腕を掴まれたまま、すんなりと直登の隣に進む。
 そして二人は、ガムテープやポスターカラーなどの到着を待っている彼らのクラスへと、並んで歩きだした。


Fin.