臨海合宿SS(真柴×真田)

合格祈願

「なあ、真柴、お前、今日ヒマ?今からちょっと付き合ってほしいんだけど」

 振り向くと、平たいカバンを片腕で抱えた真田が立っていた。
 コイツは、夏休み前という中途半端な時期に転校してきたんだけど、三学期もあとわずかで終わろうとすいう今では、最初からこのクラスにいたみたいに、なじんでいる。

「別にいいけど、どこ?」

 教科書を鞄に仕舞いながら、ボクはわざとそっけなく答えた。
 まだクラスメイトが大勢残ってる教室で、大声で、付き合ってほしいとか言うなよな。
 誰もそんな誤解しないってのもわかってるけど、一瞬ドキッとした。
 
 
 真田とは、転校してきたばっかのころは、あまり仲がよくなかった。
 ってか、はっきりいうと、悪かった。
 真田にとっては関係ない、ボク側のちょっとした事情で、印象最悪だった。
 だけど、何の因果か、臨海合宿の班分けが一緒になり、おまけにその時巻き込まれた事件をきっかけにして、ボクと真田は急速に親しくなった。
 気がつけば友達を通り越して、いわゆる『オツキアイ』をする、関係になって、今に至る。
 イベントでデキあがったカップルなんて、イベント終わったらあっさり冷めそうなもんだって思ったりもするんだけど。
 よく言うじゃん。
 ひと夏の恋とか、スキー場では3割増しかっこよく見えたヤツもゲレンデ離れたらフツーだった〜とか。
 ボクたちの関係なんて、まさにイベントカップルそのものだって思うんだけど、夏が終わって秋がきて、冬になって、春を迎えようとする今日まで、不思議と続いている。
 自分でも意外だ。
 たぶん、周りからは仲のいい友達以上には見えてないって思うけど。
 いや、それ以上に見られてたら困るから、ボクはつい、真田にはほかのクラスメイト相手よりも、キツい態度をとってしまう。
 初めは『気に食わないヤツ』だからキツく当たり、今は『好きなヤツ』だからキツく当たっている、という。
 結果的には、出会ったころから同じ態度ってことになるけど、ほんとは違う。
 真田には悪いなって、たまに、ちらっと思うけど、今更態度、変えらんないじゃん。 
 そんなのボクのキャラじゃないし。
 

 校門を出ると、近くのバス停から、ちょうどよく来たバスに二人そろって乗った。
 自分の登下校には使わない路線のそのバスは、適当に空いてたから真田と並んで座る。
 そういや、コイツとバスに乗るのって、久々。
 どっか出かけることはあっても、いつも現地集合だし。
 臨海合宿以来だっけ?
 あの時は、わざわざ補助席に座ったんだっけ。
 隣に来た真田にムカついて、一席分空けて。
 今思うと、子供っぽいことしたと思わなくもない。
 コイツと隣り合って座る日が来るなんて、本当に人生何がある分からない。

「どうかしたのか?」
「べ、別に何でもないっ!」

 昔のことを思い出していたら、無意識に真田を見ていたらしい。
 ごまかすように窓の外に視線を向けたら、隣からかすかに笑う気配がした。
 ボクとしたことが、失敗した……っ!!
 
 
 バスを降りて向かった場所は、このあたりではそこそこに有名な、神社だった。

「悪いな、付き合わせて」
「別にいいけど。何でボクも誘ったんだ?」

 真田は、二次試験を控えた受験生の従兄に頼まれて、合格祈願に来たのだ。
 なんでも、『ここまできたら、すがれるものには念入りにすがっておきたいから、代わりに頼む』ということらしい。
 確かにこの時期じゃ、そういう気持ちになるのもわからなくもない。
 いずれボクたちだって、同じ立場になるんだし。

「同じとこ受けるって聞いたから。しょーちゃ……オレの従兄と、お前の先輩」
「え?そうなんだ」
「知らなかったのか?」
「うん。最近、会ってないし」
「ふうん……そっか。や、実は、しょーちゃ……オレの従兄が、ついでにその先輩の分も拝んできてって言われたんだけどさ。オレ、そのひとのことよく知らねーし。真柴が先輩の分、拝んだ方が、効き目あるんじゃねーかと思って」
「お参りってそういうもの?まあせっかくここまで来たんだから、先輩の分はボクがよく拝んでおくけど」
「おお、頼むぜ」

 そんなわけで、神社で念入りにお参りを済ませ、おそろいでお守りも買ってから、ボクたちは、さっき降りたバス停へと戻ってきた。
 時刻表を見ると、ボクの乗るバスも、真田の乗るのバスも、さっき行ったばかりだった。
 ちなみに帰る方向が違うから、行きとは違って、バラバラだ。
 
「しょーちゃ……オレの従兄とお前の先輩、受かるといいよな」
「そーだな。つかさ、さっきから気になってるんだけど、わざわざ言いなおさなくても、しょーちゃんって素直に呼べば」
「そこは聞き流せ!いつまでもガキっぽいって直すようにしてんだよ」
「ふぅん。じゃー、なんて呼ぶワケ?」
「呼び捨てでイイって言われてんだけど、なんか言い慣れないんだよな。し、しょーへい。うあああ!呼びづれぇ!」
「大げさなヤツ。大したことじゃないだろ、そんなの」
「…………」
「…………なんだよ?」

 何で急に黙ってボクの顔じっと見てるわけ?

「お前、何か怒ってる?」
「は?いきなり何。そんなわけないだろ」

 なんでボクが怒んなきゃいけないワケ?
 真田が従兄を何と呼ぼうが、ボクには関係ないし、どうでもいいし。
 名前なんてただの記号だろ。
 呼ばれる本人が納得してんなら、どう呼ぼうと好きにすればいいじゃん。
 って。
 続けようと思ったら、いきなり頬をむにゅっとつままれた。

「なにすりゅんだよっ!」

 ぺし、っと失礼極まりない手をはたく。
 ケンカ売ってんのか、コイツはっ!?

「ほらな、やっぱり」

 人が睨みつけてんのに、まったく気にしてない様子で真田はにやっと笑った。
 そして。

「オレ、最近お前の『怒り顔』なんとなく、わかるようになってきたんだよ。本気で怒ってんのか、そうじゃないのか、とか」
「頬つねられたら誰だって怒るだろっ!」
「ちょっとつついただけだろ。あ、オレのバス来た」

 もっと言ってやりたかったのに、タイミング良く(悪く?)真田の乗るバスが先にやってきた。

「それじゃ、明日、お守り渡しに行こうな。しょーちゃんたち明日ガッコ来るっつってたし」
「うん、わかった……って、あのな、言っとくけど、ボクは別に怒ってなんかないからね!?頬つねられたのは別として!!」
「あー、うん、わかったわかった。じゃ、また明日」

 本当にわかってんのか!?
 って、もう一回言いたかったけど、ヤツはさっさとバスに乗ってしまった。
 真田の姿はあっという間に、混み合うバスの人ごみにまぎれてしまった。
 
 
「………怒ってるに決まってるだろ、ばか」

 真田を乗せて出発したバスが、先の通りを曲がって見えなくなってから、ボクは小さくつぶやいた。
 付き合ってるヤツの前で、他の男の呼び方がどうとか。
 話振ったのボクだけどっ。
 さらっとかわせっつーの!!
 いちいち悩むなよっ!!
 
 帰りのバスが来るまで、鋭いんだか鈍いんだかわからない真田の悪態をひとしきり、心の中でつき続けた。
 ほんっとうに、あいつ、わかってないっ。
 

Fin.