臨海合宿SS(加持×真田)
1.約束
「ほら、もうそんなに、なくな。めがとけちまうぞ」
さっきから泣き止まないイチをもてあまして、直登はため息をついた。
だから、言いたくなかったんだ。
でも、だまっていなくなることはできないし、どのみち、最終日にはクラスで、みんなの前であいさつをすることになるだろう。
そのときに、はじめて、直登がいなくなることを知って、今みたいに泣き出されたらかなわない、と思って、こうやってあらかじめ、伝えておくことにしたんだけど……。
「めがっ、くすん、とけちゃったら、ナオちゃん、いなく、ならない?……ひっく」
このちいさなからだの、どこにこんなに水分が、と言うくらい涙をこぼす友だちに、直登はあのなあ、と大きなため息をついた。
さよならするのがイヤだ、と思ってくれることは、まあ、うれしくないわけじゃない。
ふうん、そうなの、ひっこすの?ばいばい、ナオちゃん。
そう、あっさり言われたら、何だかさびしいし。
でも、こんなに、ちからいっぱい、泣いてとめられるのも、こまる。
こんなんで、オレがいなくなったあと、だいじょうぶなんだろうか、と心配になってくる。
「おまえのめが、とけてながれちゃっても、オレはひっこさなきゃ、いけないんだ。だから、イチがそんなにないたって、しょうがないんだよ」
「でも、ボク、ナオちゃんがいっちゃうの、イヤだよう……!」
「ばか、オレだって、べつに、すきでひっこすんじゃないんだ」
「じゃあ、ひっこさなきゃいい。そうだ、ボクの家にきたらいいよ。お父さんとお母さんに、たのんでみるから……」
「むりだよ、イチ」
なんで、じぶんはこどもなんだろう、と直登ははがゆくなった。
こどもだから、おやのつごうで、ひっこさなきゃいけない。
泣いていやがる、友だちを、おきざりにして。
ホントは、直登だって、そんなことしたくない。
どこにもいかないよ、といえないことが、こんなにつらいだなんて、思ってもみなかった。
直登は、自分まで泣きそうになったのを、くちびるをかんで、こらえた。
「いつか、また、あえるから。だから、なくな、イチ」
「……ほんとう?また、あえる?ナオちゃん」
「ああ。やくそく、する。だから、それまでに、なき虫を治しておくんだぞ」
「うん、やくそくする。ボク、もう、なかない!」
「オレにあえるまで、つよくなってるんだぞ。こんどあったとき、またオレのせなかに、かくれてるようだったら、ゆるさないからな!」
「つよくなる!ボク、なかないし、つよくなる!」
「おとこと、おとこのやくそくだぞ」
「うん……!」
ようやく泣き止んだ友だちに、直登はホッとして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、シャツの裾でふいてやった。
くすぐったそうな顔をしたイチに直登が笑いかけてやると、真っ赤に泣きはらした目のままで、笑顔が返ってきた。
それが、泣き虫のちいさな友だち、イチ……加持壱之との別れだった。
その後、クラスでお別れのあいさつをしたはずなんだけど、その時の記憶は不思議と残っていなかった。
そして、数年後―――。
「なんつうか、サギだよな……」
「ナオ?」
あの時の可愛かった面影など微塵もなく大きく成長した、泣き虫だった友人の今現在に、直登は、時の流れの不条理さを、感じずには居られない。
自分が居なくて、一人でも大丈夫だろうか、と心配した小さな友だちが、むしろ周りを威圧するほどになるなんて、誰が想像しただろう。
強くなって欲しい、とは思っていたけど、何事にも限度があると言うか……。
「オレの背中に隠れようにも確実にはみ出すよな」
「どうしたんだ?ナオ」
「別にー。何でもねぇ……」
きょとんとした顔の壱をちらりと眺め、通学路を歩く。
こんな風に、また登校を共にする日が来るなんて、何だか不思議な気がする。
また逢える、と約束したけれど、それは願望と言うか希望と言うか、必ず叶う、とは幼かったあの頃も、思ってはいなかった気がする。
その約束を、今へと繋げたのは、きっと自分じゃなくて、この無駄にデカくなった、幼馴染だ。
「ナオ、危ない」
「……あ」
狭い道を、バイクが加速して、すれすれで通り過ぎて行くのを、ぼんやりしていた直登は気付かずよけそこなった。
それを壱が、すっと自分の方に引き寄せて、避けてくれた。
「あ、ありがと、壱」
「うん……、大丈夫か、ナオ」
「ああ、うん……」
昔とあべこべだな、と直登は内心呟いて、苦笑する。
強くなっただけじゃなくて、カッコよくなってるし。
「なあ、壱、お前……、」
ふと、言いかけて、でもその先を口にしなかった。
約束を覚えてるか?
そう、聞こうと、思ったけど。
「何だ、ナオ」
「あー、やっぱ、いい。何でもない」
「………?」
壱が約束を、覚えていても、いなくても。
今ここで、二人でいるんだから、それでいい。
「早く、学校行こうぜ、壱」
「ああ、そうだな」
約束は、もう、叶っているのだから。
Fin.