臨海合宿SS(加持×真田)
2.自分以外
「なあ、加持知らねぇ?美咲ちゃんが呼んでたんだけど」
「知らねーよ」
「あっ、真田。加持どこ行った?アイツ週番じゃん。次の教科の……」
「オレじゃなく、直接、壱に言えよ」
「真田君。加持君がね……」
「だーかーらっ!知らねぇって!」
三回目にその名前を言われた時、思わず先走って口にすると、目の前の女子は、きょとんと目を丸くしてから、くすくす笑った。
「うん、わかってる。だって、加持君が真田君を探してるんだもの」
「ああ、何だ。そうなんだ」
てっきりまた、壱への伝言だと思っていた直登は、ちょっと顔を赤くしてもごもごと口ごもった。
最近、真田直登と加持壱之は、二人でワンセット、と当然のように思われているフシがある。
なので、壱に用事のあるヤツは、必然的に直登の方にやってくるのだ。
迷惑な事、この上ない。
「さっき、教室に居たから、まだそこに居るんじゃないかな、加持君」
「ああ、わかった。サンキュ」
「あのね、加持君、何だか、ご主人様に捨てられた子犬みたいだったよ?」
「はあ?」
「おかしいよね。加持君って、全然ちっちゃくないのに。むしろ大型犬みたいなのにね。真田君が居なかったら、拾ってください、って紙きれ貼ったダンボール箱から、悲しそうな目で見つめてくる子犬みたい。……愛されてるよねぇ」
「あ、あのなあ……」
「ふふ……、ほら、早く行きなよ。待ってるよ」
「ああ、うん」
何だかとても、釈然としない。
が、探してるんなら行かないわけにもいかないので、もう一度、サンキュ、と告げると、その場を後にした。
ちらりと振り返ると、何だか温かい目で見送られている。
一体、あの女子の目には、自分たちがどう映っているのだろうかと思ったが、考えてみるのも何だかコワイ。
あの、壱のデカイ図体で、ナオナオ言ってついてくるんだから、そりゃ目立つなという方が、無理な気がする、けど。
(ば、バレてねぇよな、色々……)
一応、その、付き合ってる身としては、色々後ろ暗いというか、勘ぐられたらヤバイというか。
(いやでも、むしろマジで付き合ってるってしたら、ああもあからさまにコバンザメしてるとは思わないよな?
男同士なんだから、ちょっとはこう、こっそりっていうか、ひっそり付き合ってるのがフツーだろうし、たぶん)
思わず、誰かに聞かれたわけでもないのに、誰にともなく言い訳したくなってくる。
もうちょっとこう、控えめにしろ、と壱に言ったところで、どうして、と首を傾げられるのがオチだろう。
壱が行くところが、オレの行くところだ、とか素で言うようなヤツである。
(オレ以外は、目に入ってないって言うか……)
自分以外の人間には、おそらくあまり興味がないのだろう、と思う。
もしかしたら、直登とそれ以外、くらいの大雑把な分類なのかもしれない。
冗談じゃなく、そう返ってきそうで怖くて確認できないが。
それってどうよ?
と、凄く、すごーく、思う。
壱のためには、よくないんじゃないか、とか。
でも、そう思うと同時に、そんな風に思われることが、嬉しい、と思ってしまう自分もいるわけで。
(愛されてる……んだよなあ)
さっき、女子に言われた言葉が蘇ってきて、歩きながら一人静かに照れる。
好かれてる、と実感できるのは嬉しい。
日常の、ささやかな場面で、愛されてるなあと思えることは、幸せだと思う。
直登も……、壱が好きなわけ、だし。
「でも、それがダダ漏れってのはどうなんだ……」
思わず、内心の呟きが、言葉になってこぼれてしまう。
二人でワンセット、いつも一緒が当たり前、と周囲からも認識されている状況が、果たしていいことなのかどうなのか、直登にはわからない。
太田に言わせれば、
『仲良きことは美しき哉、だね、真田君!』
で、真柴に言わせれば、
『デカイ図体で背後霊してるんじゃないよ!加持!』
と、言う事になる、らしい。
どちらも正しいような、でも微妙に違うような……。
(わかんねぇ……)
考え出すと、頭がぐるぐるする。
答えが出ないまま、教室に着く。
放課後になって、人気の少なくなった教室に、背の高い人影が見える。
「壱」
呼びかけると、教室の後ろの壁にもたれてうつむいていた顔が、ぱっと上がった。
「ナオ」
「オレのこと、探してたんだって?」
「うん」
「悪いな。ちょっと先生に呼ばれてて……。それで、何だ?」
「一緒に、帰ろうと思って」
「……それだけ?」
「うん」
「………」
先に帰ってればいいだろ、と言う言葉が出そうになったが、飲み込んだ。
壱は、こういうヤツだ。
ご主人様に捨てられた子犬みたいだった、と言った先ほどの女子の、可笑しそうな顔が浮かぶ。
さしずめ、雨の日も風の日も待ち続ける、忠犬と言ったところか。
約束をしてなくても、いつまでも、いつまでも、待っている。
「……待たせて、悪かったな。帰るか」
「うん、帰ろう、ナオ」
笑いかけると、皆の前では無愛想な顔が、それとわかるくらい、嬉しそうにほころぶ。
だから、ごちゃごちゃ考えていても、いつも結局、まあいいか、と直登は思う。
この笑顔は、自分以外、誰にも、見せたくないから。
Fin.