臨海合宿SS(加持×真田)

3.向かい合えば

 ナオのつむじが見える。
 さらさらの黒髪が、つむじに沿って流れてるのを見て、不思議だなあ、と思う。
 オレの記憶にいたナオは、いつも少し見上げた先にいて。
 つむじがどうなってるのか、なんて見えるはずがなかったから。
 背中ばかり、追いかけてた気がする。
 歩くのが遅いオレが、必死に追いかけた先に、いて。
 ナオはオレが追いつくと立ち止まって、なんだよ、しょうがないな、って風に笑って手を差し伸べてくれた。
 その笑顔が大好きで。
 だからオレは、あの背中を一生懸命追いかけてたんだと思う。
 それに、ちゃんと、知ってたから。
 ナオが、オレを置いていったりしないって―――。


「穴が開く……」
「え?」
「だからっ、何でお前は、んな、オレの頭をガン見してんだよ?」

 ナオと、二人で一緒に帰ってる途中。
 気がついたら、隣を歩く、ナオのつむじをじっと見ていた。
 それが、ナオは気に入らないらしい。
 怒ってる……?
 どうしよう。
 ええと。
 
「つむじ……」
「は?」
「つむじ、右巻きだな」
「いーちー?何が言いたいんだお前は」
「うん、だから、ナオのつむじが右巻きだ、と思って」
「……テメぇの背が高いのを自慢したいのか」
「いや、別に。そんなつもりは……」

 この答えは、どうやらダメだったらしい。
 ますます、ナオの機嫌が悪くなる。
 つむじ、見てたら、いけなかったんだろうか。
 身長がどう、とかは、思ってなかったんだけど……。
 
「そういえば、ナオ、昔より、小さくなった」
「オレが小さくなったんじゃねぇ!お前がデカくなったんだろが!」
「ああ、うん。そうか」
「そうか、って……はぁ。図体はデカいくせして、何っか、ズレてるよな、壱は」
「そう、なのか?」
「だよっ。大体、つむじが右巻きとか。そんなん知ってどうするよ」
「オレは、ナオのことなら、どんなことでも、知りたい、と思う。つむじが、右巻きなのも、昔は知らなかった。見えなかったのが、見えるようになって、嬉しい」

 数年ぶりに、ナオと再会、して。
 昔は知らなかった、色んなこと、新しく、知るようになった。
 それが、すごく、楽しくて。
 つむじが右巻きだ、とか。
 照れたときと、怒ったとき、ちょっと早口になること、とか。
 そういうの。
 どんな、小さなことだって。
 ナオのことだったら、みんな、ぜんぶ、知りたいって、思う。
 
「〜〜〜〜っ!っとに、反則だっての!」
「え。何、が?」
「何ていうか、もう、色々、全部だよ。素でそういうこと、言うなよな。恥ずかしいヤツ」
「恥ずかしいのか、ナオ?」
「自覚ない辺りがヤバイんだよっ!」

 あ。
 ナオの耳、赤い。
 そして、やっぱり、ちょっと、早口になった。
 反らした横顔、形のいい耳。
 ほんのり、赤くなって。
 触りたい。
 
「………おい」
「………?」
「何やってんだ、壱」
「何、って」
「歩きながら、人の耳触ってんじゃねーよ!」
「触ったら、ダメか」
「ダメに決まってるだろー!!」

 ナオは、顔を振って、オレの手をどけた。
 柔らかくて、温かくて、弾力のある、ナオの、耳。
 その感触、もう少し、掌で確認、したかったんだけど。
 ダメ、なんだ。
 残念……。
 
「あのなあ、壱。お前、その本能の赴くままに行動するの、ヤメロよな。ガキじゃねーんだからさ」
「うん……」

 ナオは、はあ、とため息をつくと、向かい合って、オレを見て、言った。
 ナオの、言いたいことは、わかる。
『待て』を覚えろ、って前も言われた。
 だから、待たなきゃいけない、んだと、思う。
 でも。
 
「無理……」

 オレは、正面、斜め下にある、ナオの顔に、手を添えて。
 顔を近づけて、キスした。

「…………」 
「………っ!!ん、はっ……、ちょ、壱〜っ!!」

 どん、と胸を突かれて、オレは数歩、あとじさった。
 目の前には、顔を真っ赤にして、オレを睨みつける、ナオ。
 
「っとに、何考えてやがるんだ、お前はっ!往来!ここ、往来なんだぞ!」
「うん、道だな」
「わかってんなら、時と場所を考えろよっ!唐突過ぎるんだよ、壱は!」
「………すまん」
「ったく、やってらんねーよ、もう」

 ふいっと顔を背けると、ナオはほとんど駆け足に近いような速さで、歩いていった。

「…………」

 今のは、オレが、悪かった、って思う。
 この時間は、あまり人気がない住宅地の道だけど、いつ、誰かが通りかかる、とも限らないし。
 オレは別に見られたって構わないけど、ナオはそういうの、嫌がるから。
 こういうとこで、いきなり、キス、とかしちゃ、ダメだって。
 頭では、ちゃんと、わかってる、つもり、なんだけど。
 それなのに、ナオと、向かい合ってたらそういう、決まりごと、みたいなのが、ぜんぶ、吹っ飛んでしまう。
 気がついたら、身体が動いていて。
 そして、ナオに怒られる。
 わかっては、いるんだ。
 でも、我慢が効かない。
 思い出の向こう側じゃなくて、目の前に、ナオがいるんだ。
 顔が見れて、声が聞けるところに、ナオがいる。
 向かい合えば触れられる、すぐそこに。
 そしたら、ダメなこととか、そういうの、どこか行っちゃって。
 触りたくて、堪らなくなる。
 だって、オレは、いつも、ナオに触っていたいから。
 ここにいるって、オレの傍に。
 ちゃんと触って、確かめたい。
 それが、ナオを怒らせているのも、わかってるんだ、わかって……。


「……いつまで突っ立ってるんだよ、壱」
「ナオ……」
「ほら、早く来いよ。……もう、怒ってないから」

 立ち止まって、まだ少し顔を赤くしたナオが、振り返って、オレを呼ぶ。
 変わってないな、と思って、嬉しくなる。
 やっぱり、ナオは、オレを、置いてったり、しない―――。
 
「でも、今度やったら、ぶっ飛ばすからな」
「うん、わかった」
「……ホントに、わかってんのか、壱?」
「うん……、たぶん」
「たぶんって、お前なあ……」

 追いついて隣に並んだら、ナオが、しょうがないな、って顔で笑って、オレを見上げた。
 さらりと髪がこぼれて、右巻きのつむじが、見えなくなった。


Fin.