臨海合宿SS(加持×真田)

4.無言の空間

「お前らってさ、二人で居る時、何話してんの」
「へ?」

 急に自習になった、4時間目。
 一応、プリントの類は出されているけど、提出が次の授業までなので、真面目にやっている者はほとんどいない。
 家でやればいいや、とか、人から写させてもらえばいいや、とか、そんな感じ。
 もうすでに、弁当箱を開いているものまでいる。
 とりあえず、隣の教室の先生が怒鳴り込んでこない程度に、ざわめいて、ゆるんだ教室。
 椅子の背に、もたれるように手をついた真柴が尋ねたことに、直登は、思わず間の抜けた相槌を打ってしまった。

「だーかーらっ。お前と、加持。二人で居る時、何しゃべってんのかって、聞いてんの。起きてる?」
「寝てねぇよ。オレと、壱?あー、うん、そうだなー」

 気の短いクラスメイトは、もう目を吊り上げて、イライラした顔を、隠そうとしない。
 退屈で、腹減ってて、怒りっぽくなってんのか?
 そう、思ったけど、口にすると倍返し確実なので、大人しく、言われた問いに答えようとした。
 が。
 
「んー。何だろ。別に、大したことしゃべってねーって言うか。むしろ何もしゃべってねー時もあるし」
「何それ。そんなんで、楽しいの?」
「ああ、うん、まあ……、」
「楽しい」

 答えあぐねていると、いつの間にか傍に来ていた壱が、きっぱりと答えた。
 椅子に座ったまま、顔を上げると、じっとこっちを見ている。
 
「何も、話さなくても。ナオと、居るだけで。オレは、楽しい」
「……だ、そうだ」
「はー。そうですかそうですか。あーあ、何か、聞くのも馬鹿らしいって感じ」

 真柴がわざとらしくため息をつくと、これまた、いつの間にか近くにやってきていた太田が、両手を前で組んで、感極まったように、叫んだ。

「素晴らしい!実に素晴らしいね!二人の間には、言葉なんか要らないと!そういうわけなんだね!」

 そういうわけなんだろうか。
 直登は、太田を見て、それから壱の顔を見た。
 壱の表情は、さっきから変わらない。
 無表情……とも、違うんだけど、どこぞの武士のように泰然としていて、考えを窺わせない、とでもいうか。

(昔から、こうだったっけ……)

 イマイチ、考えの読めない幼馴染の、小さかった頃を思い出す。
 チビで、泣き虫で、自分の後を追いかけてばかりだった、壱。
 とりあえず、今より、可愛げがあったのは確かだ。
 でも、何を話していたのか、とかそういうことはあまりはっきりとは覚えていない。
 きっと、毎日起こる、ささやかな出来事を、それなりに楽しく、時には子供ならではの大仰さで、話していたんだろう、と思う。
 記憶に残らないような、そんな日常の欠片たち。
 それは、今だって、変わっていないような気がする。
 二人は、特に共通した趣味や何かを、持っているわけではない。
 それでも、二人で居て、つまらない、と思ったことはなかった。

「そうだな、そうかも」
「いやあ、素敵な関係だね、真田君、加持君!」
「そう?ボクはごめんだね。図体ばっかデカイのと、山猿みたいなヤツが、ただ無言で一緒にいる空間なんて。あいにくとボクは、知的生命体だから。ちょっと、耐えられないかな」
「真柴〜っ!誰が山猿だ!」
「あれ?ボク、誰がそうだって言ってないけど。まあ、自覚あるんならそうなのかもね」
「あのなあ……!!」

 いつものことといえば、いつものことなんだけど。
 妙に突っかかってくる真柴にカチンときて、言い返そうとしたら。

「うらやましいのか、真柴」

 ぼそり、と。
 壱が呟いたので、そのタイミングを失った。

「〜〜〜っ!誰が!変なこと言うなよ、加持!うらやましいわけないだろ、このボクが!」
「はははっ。そうか、そうだったんだね!真柴君!もしかして、仲間はずれになったみたいで、寂しくなったのかな!?大丈夫だよ、真柴君!真田君と加持君のアツイ絆には割り込めないかもしれないけど、安心したまえ!君にはこの太田昭次郎!太田昭次郎が居るよ!さあ、ボクと言葉なんて無粋なモノを必要としない、熱い関係を築こうじゃないか!」
「はあ?ちょ、委員長、何分けわかんないこと大声で言ってんだよ。恥ずかしいだろ。馬鹿、くっつくな!ボクは文明人だって言ってるだろ!対話のない関係なんて野蛮なもの、ゴメンだよっ!」

 どこまで本気かわからない太田に――いや、彼は常に本気なのかもしれない――熱く語られ、目を三角にして怒鳴っている真柴を見て、直登は心の中でそっと同情する。
 太田は、委員長らしく面倒見がよく、基本的にいいヤツではあるのだが、どうにも思い込みが激しすぎて、そこが玉に瑕(?)だ。
 他人のいうことを、聞いてるようで、聞いてないというか。
 ひとたび突っ走ると、止まらないタイプだ。
 ふっと視線を感じて隣を見ると、また、壱がじっと直登の顔を見ていた。
 そういえばこう見えて壱も、違う意味で、突っ走ると止まらなくなるタイプかもしれない。
 
「……何だ、壱」
「うん……」

 返事になっていない。
 だけど、それが何故か、不思議と、気にならない。
 会話が成り立っていなくても。
 ただ、無言で時間が過ぎていっても。
 壱が、じっと自分を見ていて、それに気付いて、短く問いかけてみたり、視線を返したりする。
 そうすると、何を考えているのかよく分からない表情が、ちょっとだけ、嬉しそうになる。
 それだけで、無言の空間が、気にならなくなる。
 変だ、と言われたらそうなのかもしれないが、直登はそれで構わないんじゃないかと思ってる。

(オレがよくて、壱がいいんだから。別に、いいよな?)

 確かに、対話を大事にする文明人、ってな関係じゃないよなあと思う。
 どっちかというと、ケモノに近い?
 山猿、なんてムカつくこと言われたのを、否定できないのはつらいところだが。
 
「やあやあ!また言葉もなく語り合っているんだね、君たち!」

 真柴とじゃれていた太田が、眼鏡のレンズをきらりと光らせて、無言の直登と壱を見ていた。
 真柴も、うろん気にこっちを見ている。
 
「……まあ、ボクはどうだって、いいんだけどね」

 苦笑、というか、何だか生暖かい目で見られているようなのは、気のせいだろうか。


「さて、と。せっかく4時間目が自習になったんだから、ボクは一足先に、購買に行くかな。並ばずに買えるし」
「ああ、待ってくれよ、真柴君!ボクも行くよ!」

 4時間目は、まだ終わっていなかったが、そう言って、真柴はあっさりと教室を出て行った。
 太田も、その後をぱたぱたと付いて行った。
 
「壱」
「………うん」
「ああ」

(今日は、二人とも弁当な)

 と、昼を確認したところで、直登は、はたと思った。
 何だか、これって。

(熟年夫婦……ってか、老夫婦の会話?)

 やはり、もう少しくらいは、人間らしい対話、を心がけたほうがいいのかもしれない……。
 自分の席に帰って弁当を取り出す壱を見ながら、そう思わなくもない、直登だった。


Fin.