臨海合宿SS(加持×真田)

5.手を繋ごう

 縋るものを求めて、空中を彷徨っていた手が、ふと力強く包み込まれた。
 少し汗ばんで、熱い、大きな掌。
 整わない呼吸に喘いでいた胸を落ち着かせるように、大きくひとつ息を吸って、つぶっていた目をそっと開ける。

「ナオ……」

 すぐ近くに、切羽詰った表情の、幼馴染の顔が見えた。
 どこか切なげに、眉をひそめ、目を細めた顔が、ぞくっとするほど艶めいていて、なのにすごく男っぽくて。
 
「い、ち……っ」

 呼びかけると、きれいに笑って。
 ついばむようにキスされた。何度も。
 
「動いても、いいか……?」
「……っんなの、いちいち、んっ、聞く、なよっ……」

 はじまりはこっちにお構いナシで来るくせに、何故か妙なところで律儀な壱に、直登はいつも居たたまれなくなる。

(強引にくるなら、最後まで強引にヤレよ……っ!)

 だけど、そういうところが、壱らしいのかもしれない、とも思う。
 マイペースで強引で、でも肝心な部分では、直登を置いてきぼりにはしない。
 再会した幼馴染と、こういう関係……その、まあいわゆる深い関係、みたくなって、誰よりも驚いているのは直登自身なのだが、それでもイヤだ、とは思わないのは、相手が壱だからなのだろうと、思う。
 ホントは、今でもかなり、『ウソだろ!?』て思うんだけど……。

「ナオ、ナオ、ナオ……っ」

 ……思うんだけど、それでも、馬鹿みたいに自分の名前を繰り返し呼ぶ、幼馴染がぶつけてくるこの感情と身体は、ウソじゃないって。
 信じられるから。
 ぎゅっと握り締めた、繋いだ手の温かさを、もっと感じたくて。
 直登は、自分からも身体を寄せて、応えた。


「お前はさあ、もうちょっとこう、加減、ってもんを知らねぇのか………」
「すまない……ナオ」

 文字通り、精根尽き果てた直登は、ぐったりベッドに横たわっていた。
 身じろぎひとつするのも、ダルい。
 そんな状態だ。
 じろり、と隣に座っている男を見ると、そっちはまだ余力が十分あるっぽいのが、何だかとてもムカつく。
 睨まれて、心なしかしゅんとしている姿は、耳をたれた大型犬のようだ。
 可愛い、と言えなくもない。
 まあ一応、合意の下、であるからにして、それ以上ぐちぐち言うと、こっちの器がちっちゃいみたいなんで、とりあえずそれ以上は言わないで置く。
 途中で止まらなくなる、のは、こっちも同じ男として、わからなくはないわけだし……。

「水」
「ナオ……?」
「水、もってこいよ。喉、渇いた」
「わかった」
「ってお前、そのまま行くなよ!何か着てけって!」

 一糸まとわぬ状態でそのまま水を持ってこようとした壱の背中に、直登は慌てて呼びかけた。
 幾ら今、家の中に自分たち二人だけの状態だからって、それはちょっとどうなんだ。

(わかってっけど、マイペースすぎ……)

 その辺に脱ぎ散らかした服を着て、改めて水を取りに言った壱をベッドの上から見送りつつ、しみじみと思った。
 そのマイペースっぷりに、最近、引きずられ気味な直登としては、しみじみしているわけにもいかないんだけど。
 気の強いクラスメイトからのアドバイスが、脳裏に浮かぶ。

(待て、か……)

 待てくらい、覚えさせたら、と。
 真柴に言われるまでもなく、そうなんだろうな、とは思ってる。思ってるんだが……。

「ナオ。水、持ってきた」
「ああ、サンキュ」

 そんなとりとめもない事をつらつら考えているうちに、壱がコップに水を汲んで持ってきた。
 肩肘をついて、上半身だけ起こしてコップを受け取る。
 不安定な体勢のまま、水を飲もうとしたら、壱が身体を支えて、抱え込むようにして飲ませてくれた。
 薄いシャツを羽織っただけの広い胸が、まだ裸の直登の背中に触れて、どきりとする。
 さっきまで、それ以上のことをしていたのに、こんな風にふいに触れると、胸がざわつく。
 ああいう事をするのだって、まだ慣れてはいないけど、半分意識が吹っ飛んでいるような状態だからかえって気にならない。
 正確には、気にしていられない、と言ったほうが正しいのかもしれないけど。
 だから、今みたいな状態の方が、その……。
 壱の胸にもたれかかりながら水を飲む、この状態って、何かこう……。

「ナオ?」
「ああ、うん、や、もういいから、水」
「そうか……、あ」
「え、どうし……、っ!」

 ぺろり、と。
 壱の舌が、直登の首の下をくすぐった。
 ほてった、まだ敏感な肌が、ぞわりとする。

「ちょ、何すんだよ、壱!」
「水、こぼれてた」
「だからって、舐めるなよ!」
「………」
「何だよ……?」

 じっと、至近距離から見詰められて、落ち着かない気分になる。
 思わず目を反らして小さな声で尋ねると、くすり、と笑う気配がした。

「可愛いな、ナオ」
「なっ……!!」

 何だそれは!と文句を言おうと、壱の顔を見る。
 と、めったに見たことがないくらいの、笑顔で、しかも何だかすごく愛おしそうな顔で見られていて、慌ててまた目を反らした。

「目がオカシイんじゃないのか、お前」

 わざと、突き放すみたいに言う。
 大体、終わった後もこんな風にベッドの上でひっついてんのも、どうなんだよって感じ?
 でも、離れようにも、まだ身体はスゲー、ダルいし、壱の胸はすごく温かくて、気持ちイイし……。
 寝そう。
 とろん、と落ちてきそうになる瞼に、そろそろ抗いがたくなってきた。

「オレ、たぶん、おかしい、と思う」
「……壱?」

 直登の手から、コップを下ろして、壱はそのまま上から手を包むように繋いだ。
 もう片方の手で、やんわりと、直登を抱きしめる。

「昨日、も好きだったのに、今日は、もっと好きだ。明日は、きっと、それ以上」

 背中越しに、壱の心臓の音が聞こえる。
 とくん、とくん、と鳴るそれは、力強く、少しだけ速い。

「……っとに、オカシイよ、お前。オレに、んなこと言って、どうするんだよ。でも………」
「ナオ……?」

 もうダメ、と思ったときにはすでに、直登は壱の胸にもたれ、身体を預けるようにして眠り込んでしまった。
 気持ちよさそうな、寝息が聞こえる。

「うん、ナオ……」

 壱は、直登を起こさないように、そっと体勢を、眠りやすいように変えた。
 大事な、宝物を抱えるように腕の中に包みこんだ。
 重なった、掌の熱が、愛おしい。
 ありがとう、と壱は言葉に出さずに、直登の寝顔に告げた。


 でも………、オレもオカシイんだから、おあいこだな、壱。


Fin.