神学校(ロバート×ジョシュア)
はじまり
人気の少ない裏庭で、僕は本を読んでいた。
日当たりの悪いこの場所は、生徒たちには不人気で、外で本を読もうなんていう物好きは、僕以外にいない。
出来れば僕も、図書室か、もう少し日当たりのいい、中庭の芝生辺りで読みたいところだけど、そうはいかないのが、辛いところだ。
だって、僕が今、開いている本を見れば、きっと神父様は顔をしかめることだろう。
運悪く校長先生になんか見つかったら、反省文……いや、尻叩きされるかもしれないな。
それで、反省室入り。
そんなのはごめんだから、多少の不便は、我慢しなきゃいけない。
でも、静かで、落ち着いて本が読めるところは、結構、気に入ってるんだ。
ちょっと寒いのが、難だけどね……。
「何、読んでるんだ? ジョシュア」
それなのに、呼びかける声が頭の上から聞こえてきて、僕は驚いた。
思わず、読みかけの本を、バタンと閉じてしまった。
「……悪い。驚かせたか?」
やや気まずそうに、頭に手をやっている、その人は、僕と同じ制服を着ていた。
「ロバート……」
クラスメイトで、ルームメイト。
そこにいたのは、よく見知った存在だった。
僕は、ほっと息をつくと同時に、首をかしげた。
「ちょっとね。それより、どうして、ここに?」
活発で、友人も多い、ロバート。
休み時間は、グラウンドでフットボールをしていることが多い。
僕も偶に誘われるけど、ボールを蹴っているよりも、審判をしている方が気楽だ。
そんな僕らは、ルームメイトとは言っても、あまり接点がない。
もちろん、同室なんだから、挨拶はするし、取りとめもない会話を交わす事もあるけど。
どちらかというと、同じように活発ではつらつとした、マイケルとの方が仲がいいんじゃないかな。
そんな彼が、こんな場所にいるのは、意外以外の、なにものでもない。
第一、ここには、彼が興味を覚えるようなものなんて、なにもないはずなのだから……。
「それは……」
彼は、制服のリボンをいじりながら、目をさまよわせている。
一体、どうしたって言うんだろう……?
「お前は? ジョシュアは、どうして、こんなところで本を読んでるんだ?」
答えずに、逆に問い返された。
僕は、黙って、読んでいた本の表紙を彼に見せた。
たぶん、いいや、きっと、彼なら、大丈夫だろう。
「せかいの、おかると、きこう……?」
まじまじと本を眺めて、タイトルを口にしたロバートは怪訝な顔をした。
「なんだ、これ? 怖い本か?」
「まあ、そんな感じ。僕の、ささやかな趣味っていうか。でも、神父様に見つかったら、何ていわれるかわからないから。ここで、こっそり……、ね?」
「ああ……、なるほど」
納得したように、彼はうなずいた。
それだけで、本については特にコメントしなかった。
やっぱり、ね。
ロバートはこういうことで、人を色眼鏡で見たりしないし、もちろん誰かに告げ口したりもしない。
特に親しくないとは言っても、ルームメイトとして、そのくらいは知っている。
「確かに、おおっぴらには読み辛いな」
「だろう。……それで、君は?」
「………」
最初の質問に戻ると、彼は気まずげに口を閉ざした。
そして、小さく息を吸い込んで、吐き出して――を、2、3度繰り返す。
そんなに、言いづらい事なら、聞かない方が良かったかな?
「あの、言いたくないんなら、無理に……」
「ジョシュアが、裏庭に向かったのが見えたから。追いかけてきた」
言わなくてもいいよ、と言おうとした、僕の言葉をさえぎるようにして、ロバートは早口で言った。
「僕を……?」
ますます、わけがわからない。
「なんで?」
首をひねる僕に、ロバートは、何故か怒ったように、続けた。
「気になったからだよ……っ!」
そして、僕の前に膝をついて、僕の手を取った。
「ジョシュアが、何してんのか、知りたかったからだよ。悪いか!?」
「わ、悪くないけど……」
至近距離で、まっすぐ目をのぞきこまれて、なんだかどぎまぎしてしまう。
ロバートは結構……、いや、かなり、ハンサムな方だと、思うから。
「だったら、いいだろ」
「うん……」
確認するように問われて、僕は頷いた。
手は、まだ握られたままだ。
だけど、ちっとも、嫌じゃない。
なんでかな………?
僕の事を知りたい、と正面切って言われて、照れくさかったけど、嬉しかった。
そして、僕は、唐突に、気付いたんだ。
「僕も………」
囁くように小さな声だったけど、すぐそばにいるロバートの耳には、ちゃんと届いた見たいで、続きを促すように、ロバートは僕を見た。
「僕も、知りたかったんだ、君の事」
そうだ。
ホントはずっと、もっと親しくなりたいって、仲良くなりたいって、思ってたんだ……。
「そっか。そうだったんだ?」
「うん」
「そうか……」
ロバートは、くすぐったそうに、笑った。
僕も、つられたように笑みを返す。
僕らの笑い声が、裏さびしい庭に響いて、ほんのわずかに、温かくなった気がした。
「ロブ」
「え……?」
「ロブ、って呼べよ。ロバートじゃ、なくてさ」
ロブは、手を離すと、立ちあがった。
僕は、彼を見上げて、言った。
「じゃあ、僕の事は、ジョッシュ、って呼んで」
「わかった。ジョッシュ。それじゃ、また、後でな」
「うん、またね、ロブ」
そうして、彼は僕に手を振りながら、走って行った。
その後ろ姿を見送ってから、僕は再び本のページを開く。
おどろおどろしい挿絵が、目に飛び込んでくる。
それなのに、僕の心は、読んでいる本の内容とは裏腹に、春の日だまりのように温かだった。
「ロブ……」
小さく、名前を呟く。
きっと、もっと、仲良くなれる。
大きな期待と、少しの不安が、僕の胸を満たしていた。
Fin.