修業旅行SS(瀬永×南部)
名前を呼んで
「この時期に転入とは、めずらしいな」
「親の仕事の都合だから。昔から転勤が多かったんだよ。俺も、会うのは久しぶり」
「南部の従兄弟か……。似てるのか?」
「って、言われる。俺は、そーでもないって思うんだけどなあ」
教員室が並ぶ廊下を、南部と瀬永は連れ立って歩いていた。
手には、教師から渡されたプリントの束を抱えて。
「失礼しました」
ガラリ、と引き戸の音がして、近くの教員室から、生徒が一人出てきた。
「お、噂をすれば……」
どこか物慣れない感じのする生徒が、南部の声に気付いて、振り返った。
「しょーちゃん!」
「よっ。久しぶりだな。学校には慣れたか?」
「あー、まあまあってとこかな」
「この子が、南部の従兄弟か」
「ああ。真田直登っていうんだ」
「そうか、よろしくな、真田くん」
「あ……。こちらこそ。よろしくお願いします。えっと……」
「瀬永要だ。君の従兄弟のクラスメイトだ」
「こいつ、元生徒会長なんだぜ。もー権力は手放してっけど、睨みはきくから、何かあったら遠慮なくたよれ」
「おい、勝手に安受けあいするな」
「んだよ、ダメなのか」
「そういう問題ではないだろう。まあ、本当に何かあったときは、遠慮なく声を掛けてくれ」
「ありがとうございます。それじゃ、俺、これで失礼します。しょーちゃん、またな」
「おう、またな!」
南部とよく似た顔で笑うと、小さく会釈して、南部の従兄弟は自分の教室があると思しき方向へと去っていった。
「確かに、似てたな。流石に親戚、といったところだ」
「そうかぁ?」
「でもま、そうだな。礼儀正しさではお前の従兄弟の方が格段上だな」
「何をー!」
両手はプリントで塞がっているので、南部は右足で軽く瀬永の踵を蹴った。
「ふっ。事実だろう」
「くそー。まあ、俺の可愛い従兄弟が褒められたんだから、良しってことにしてやるよ」
悔しそうに言いつつも、もうそれ以上は引きずらすに、澄ました顔で南部は歩き出した。
そんな様子を、少し後ろから、くすりと笑って瀬永が見ていることなど、もちろん、気付いてはいない。
「似てはいるが、でも、俺は……」
「何だよ?」
「俺は、お前の方がいいと思うよ、『しょーちゃん』」
「なっ……!」
さらりと言われて、思わずプリントの束を落としそうになる。
「せ、瀬永、おまっ、何言って……」
「何をそんなに慌てているんだ、しょーちゃん?確かに見た目は似てはいるが、お前とあの子は違う。ただそれだけだろ」
「それだけって……」
だからって、そういうことを、こんな誰が聴いてるとも知れない廊下で――幸い、今は他に人はいないが――口にするなっての、と思ったが、言うと何だか悔しい気がして、言わなかった。
「しょーちゃんはヤメロ」
代わりに、違うことを口にした。
「可愛いじゃないか、しょーちゃん」
「可愛くねぇ!お前、それ、滝や松浦の前ではぜってー言うなよ!いい笑いもんだ」
「じゃあ、従兄弟くんにも口止めしておかないとな」
「あ、ああ……そうだな」
「それなら、しょーちゃんは、従兄弟くんだけの呼び方か……」
「ん?何だよ」
歩きながら、瀬永にじっと見詰められて、思わずたじろぐ。
「章平」
「は?」
「しょーちゃんがダメなら、章平ならどうだ」
「な、いきなり、何の話だ?」
「呼び方の話だ。しょーちゃんがダメなら、章平なら構わないだろう」
「え、あ?何がだ……?」
「ニブいな、お前は。ちゃんと耳がついてるのか。いつまでも南部じゃつまらないだろう」
「つまらないって……」
「そろそろ、そういう部分を代えてもいい時期だ」
「えっ……、そ、それは、まあ、いいけど……」
いいけど、それってこんな、廊下でプリント運びながらするような話題?
「そういうわけで、章平。俺の事は、要と呼んでもいいぞ」
「はっ?え、瀬永?」
「要」
「か、要……」
「そうだ、章平」
にっこりと。
実にいい笑顔を見せられて、南部は面食らった。
真面目な優等生だとばかり思っていると、たまに、予想外の行動をとるので侮れない。
(わ、わかんねぇ……)
「ほら、さっさと運ぶぞ、章平」
「ああ、うん………、要」
思いっきり、目で促されていたため、まだ口に馴染まない名前を、恐る恐る呟く。
ただ単純に、南部の従兄弟の「しょーちゃん」呼びに、意外と負けず嫌いな瀬永が対抗しているだけなのだということに、彼が気づくのはまだ、先の事だった。
Fin.