オメルタ(劉×JJ〜アナザーエンド後)

脱獄デート

「違う。そうではなくて……ああ、もういい。わかった」

 ソファでぱらぱらと雑誌のページをめくっている俺の傍に立って、ずっと電話で話していた劉が、苛立たし気に舌打ちした。
 どうやら、ドラゴンヘッドに何がしかの指示を出しているようだ。
 相手は、宇賀神だろうか?
 ……いや、違うな。
 あいつは、一を言えば十を知るタイプだ。
 これだけ会話が通じてないってことは、宇賀神は電話に出られない状態なのか?

「直接、出向く」

 携帯の通話を切ると、劉はこっちを見下ろした。
 そして、一言。

「行くぞ」
「………は?」

 俺は、間抜けな事に、ぽかんとした顔で劉を見上げた。
 そんな俺がおかしかったのか、劉はくすりと笑って、馬鹿にしたように言った。

「どうした、JJ。聞こえなかったのか?」
「いや、聞こえた」
「では、さっさとしろ」

 そう言って、劉はクローゼットから取り出した服を、ばさりを俺に投げた。

「着ろ」
「これは……」
「その格好じゃ、外に出られんだろう」
「…………」


 俺と劉が着ている今の服は、囚人服だ。
 別に、趣味で着てるワケじゃない。
 ここが、監獄で、俺たちが、囚人だからだ。
 なのに、ふたりして、まるで自宅にでもいるかのごとく、くつろいでいるのは、もちろん理由がある。
 監獄まるごと、ドラゴンヘッドの手に落ちているからだ。
 最初に聞いた時は、耳を疑った。
 だって、そうだろう?
 ドラゴンヘッドの首領が、まるで別荘のように、監獄を買収して住んでいる、なんて。
 そんな牢名主の話は、聞いたこともない。
 そして、さらに酔狂な事に、劉は暇つぶしの相手として、わざわざ俺を捕まえて収監したのだ。
 通常、いなければいけないはずの、房では、劉と同室だ。
 だが、ヤツはその特権で、好きな時に好きなだけ、所長室を第二の部屋として使用できる。
 その権利は、劉と同じように俺にも適用され、ここに収監されてからというもの、房でも、所長室でも大概は劉と一緒だ。
 カードゲームの相手をさせられたり、最近の湾岸の情勢について話し合ったり(?)、何もせず、ただお互い好きな事をしていたり、と……。
 意外な事に、ルームメイトとしての劉は、気を遣わなくてもよい、気楽な相手だった。
 うっかりすると、ヤツがドラゴンヘッドの首領であることを忘れそうになる事さえあった。
 奇妙な同居生活。
 劉の気まぐれに付き合わされるなんて、冗談じゃない。
 そう、思っていたはずなのに、俺はいつのまにか、この生活にも次第に慣れつつあった……。


「本当に、あっさり出られたな……」

 どこにでもあるような、無難なスーツに着替えた俺は、どれくらいぶりかで、『娑婆』に出ていた。

「最初に言っただろう」

 確かに、言っていた。
 言っていたが、実際に体験するのは、これが初めてだ。
 俺とは違って、いかにもな高級スーツに身を包んだ劉が言うのを、ちらりと見る。
 さっきまで囚人だった、とは誰も思わないだろう姿だ。
 実は、劉が着ろと言ってよこしたのは、ヤツが今身にまとっているのと同じような高級スーツだったが、断った。
 ただでさえ窮屈なのに、汚すのがためらわれるような、一目で上質と分かるものなど、着たくない。
 劉は不満そうだったが、俺が断固とした態度を見せると、渋々と言った態で、吊るしのスーツをよこしたので、それに着替えたのだ。

「どうだ、久々の『外』は?」
「別に……大して、変わらない」

 久々ではあるが、何年も経ったわけではない。
 据えたような匂いと、雑多な物音。
 それは俺が良く知る、龍宮そのものだった。

「何だ、つまらないな。もっと、私に感謝したらどうだ?」
「よく言う……」

 どの口が、だ。
 感謝も何も、俺をブタ箱に突っ込んだのは、他ならぬお前だろうが。
 そんな俺の内心の声が、聞こえたのかどうかはわからなかったが、劉は、くっと笑うと、歩き出した。

「行くぞ」

 このまま、逃げたらどうなるのだろうか?
 ここは、俺の庭みたいなものだ。
 入り組んだ路地を走れば、劉を撒く事は不可能ではないだろう。
 だが……。

「どうした?」

 劉が、振り返って俺を見た。
 一瞬頭に浮かんだ逃亡計画を振りはらうと、黙って劉の後をついて行く、
 逃げても、劉なら、電話一つで組織を動かし、俺など簡単に見つけてしまうだろう。
 ゲームのように楽しまれて、結局また監獄入り、なんてごめんだ。


「首領……!? わざわざ、お出でにならずとも……」

 宇賀神が、ドラゴンヘッドの居城に現れた劉の姿を見て、目を見張った。

「電話じゃ、埒が明かぬのでな。そんなに、邪険にするな、宇賀神」
「い、いえ、私はそんなつもりでは……」
「たまには、外の空気も吸いたくてな。まあ、そのついでだ」
「……わかりました。それでは、例の件ですが。……ところで、何故、その男が、ここに?」

 宇賀神が、氷のような眼差しで、俺を見ている。
 俺は、小さく首をすくめた。
 そんなこと、俺が聞きたいくらいだ。

「久々の『外』だ。ひとりではつまらんだろう?遊び相手……そうだな、愛人みたいなものか」
「………誰が、愛人だ」
「おや、怒らせたか?」

 ぼそりと呟く俺を見て、劉が悪びれずに問うた。
 ここで俺が怒ると、劉の思惑どおりな気がして、努めて無表情を保った。

「とにかく。あなたは、席をはずして……」
「構わん」
「ですが、首領……」
「私が、構わぬと言ったら、構わんのだ」
「………わかりました、首領」

 宇賀神は、諦めたように小さなため息をつくと、『例の件』とやらの話を切り出した。
 別に、何を聞いたところで、また監獄に逆戻りだ。
 興味もない。
 だが、劉のような上司を持つと大変なんだろうな……と、俺はこっそりと、宇賀神に同情した。


「待たせたな」
「いや……」

 実際、大して待ってはいなかった。
 劉と宇賀神との話は、30分程続いて終わった。
 その後、宇賀神はあわただしげにその場を去っていった。
 どう見ても、首領である劉より、その幹部である宇賀神の方が忙しそうだ。
 改めて、宇賀神に同情する。

「では、行くか」

 だが、劉にとっては、それは当り前なのだろう。
 俺に声をかけると、劉は悠々と歩きだした。
 背中に、問いかける。

「どこに行くんだ?」
「それはついての、お楽しみだ」

 たぶん、ろくな所じゃないな……。
 そんな、予感がした。


 そしてそれは、間違いでは、なかった。
 ついた場所は、どう見ても場末なホテルの一室。
 監獄の房より、多少はマシな程度だ。

「おい、劉。なんだって、こんなところに……」

 せっかく、『外』に来たと言うのに、これじゃ檻の中と大差ないじゃないか。
 呆れたように言う俺に、劉はひとつしかないベッドにどさりと腰かけながら、言った。

「私達は、逃亡中だ」
「……は?」

 いきなり、何を言いだしてるんだ?
 いぶかしがる俺をよそに、劉はさらに続ける。

「いつ捕まってしまうか分からない。今日か、それとも、明日か……。この部屋は、久々に泊った、屋根のある場所だ」
「………それで?」

 なんだかよくわからないが、とりあえず最後まで聞こう。
 そう思って、俺は、劉の隣に座った。

「捕まれば、私達は離れ離れにされてしまうだろう。お互いが共にいられるのは、今、この時だけかもしれない。……お前なら、どうする? JJ」
「そうだな……。ここで休まず、もっと先まで逃げるか。それとも……」
「それとも?」
「………ここで、最後の、思い出でも作るか」

 逃げても、いずれ捕まってしまうのなら。
 確かに共に居たという、証が欲しい。
 決して、忘れてしまわないような―――。

「ああ、そうだ。私も、そうするな……」
「…………」

 劉の顔が、近づいてきた、と思ったら唇が触れ合う。
 そしてそのまま、ベッドに押し倒された。

「…………どんなプレイだよ、これは」

 唇が離れた隙に、苦笑して囁いた俺に、劉はニヤリと笑って見せた。

「せっかく、脱獄中なんだ。いつもと同じじゃ、つまらないだろう?」

 なんなんだ、それは。
 何が、『せっかく』なんだか。
 呆れたらいいのか、笑えばいいのか、怒ればいいのか。
 よくわからない男への態度を決めかねている間に、劉はさっさと自分の服を脱ぎ、俺の服を脱がしにかかった。
 第一、高級スーツで脱獄して逃亡中とか、それ一体、どんなシチュエーションなんだ……?
 ツッコミどころが、多すぎる。

「………っ」

 そんなことを考えている間に、俺はすっかり脱がされてしまった。
 首を、べろりと舐められる。
 肩をつかんでいた劉の掌が、滑るように下りていき、小さな突起をきゅっとつまんだ。

「や……っ」

 びくりと、身体が跳ねる。
 わずかな刺激なのに、それは何故か下半身に直結している。

「左が、好きなのだよな、お前は」

 わざわざ口にするな。
 と、思っても、乳輪ごと口に含まれて吸われてしまえば、文句も言えない。
 脇腹をくすぐるように撫でた手が、さらに下へと伸びていく。
 すでにたちあがっていたものを、ゆっくりと上下にこすられて、腰が跳ねる。

「逃亡中だからな……ゴムも、ローションも、何もない」

 監獄にそれらが揃っている方がおかしいのだ、とその時の俺は思う余裕もなかった。

「だから……」
「ん、あ……っ! や、劉……っ!?」

 舐められた。
 劉とやるのは、もう数えきれないくらいだったが、そこを、直接舐められるのは、今でもまだ、抵抗がある。
 劉の頭をつかんで、遠ざけようとするが、がっちりと腰をつかんでいる劉の身体は、びくともしない。

「は……っ、あ、劉、そこ、は……っ!」
「どうした……? 気持ち、いいのだろう……?」

 違う!
 いや、違わないけど、違うっ!
 俺の言いたいことを、わかっていて、劉はわざとそう言っているのだ。
 腹が立つことこの上ないが、どうしようも出来ない。
 やがて、舌の代わりに、劉の指が、なかに入ってくる。

「………っ」

 最初は、どうしても、違和感がある。
 だけど、ほぐすように柔らかく指を動かされれば、しだいにそこも、緩んでいく。
 劉はいつも、ベッドでは、じれったいくらいに優しかった。
 無理やり突っ込むのは性に合わないのでな、等とうそぶく。
 それは時には、もういっそ、乱暴にして欲しい、と思うくらいだった。

「何本入っているのか、わかるか? JJ」

 知るか……!!
 と、答えたいところだったが、質問に答えるまではいつまでもこのままなのを、すでに学習済みだ。
 ったく、性質が悪いにも、程がある……。
 俺は、途切れそうになる声を、何とか出した。

「………っ、に、ほん……か?」
「外れだ。3本だ」

 答えて、中の指をバラバラに動かすのだから、たまらない。

「も……もう………っ」

 このままだと、これだけで、イッてしまいそうだ。
 腹につきそうなくらい、たちあがった自身に手を伸ばそうとすると、劉の手がそれを阻んだ。

「ひとりで、勝手にイッたら駄目だろう」
「……っ! だ……ったら、さっさと………っ、しろ、よ……っ!!」
「まったく。情緒というものがないな、お前は」

 この状況で、そんな事言ってられるか!
 早くすっきりしてしまいたい俺は、にじんでくる涙越しに、目の前の男を睨みつける。

「なんだ。そんなに、欲しいのか?」
「……からっ、さっき……から、っ……! 言って………」

 もだえる俺を見るのが、心底楽しい。
 その顔は、そう語っていた。
 ここに愛用のベレッタがあったら、今ここで、撃ち抜いている。

「ふ……だったら、好きなだけ、味わうといい……」

 指が抜けて、その隙間に、もっと熱くて、硬いモノが、入りこんでくる。
 入った瞬間は、いつも息が、詰まる。

「何度やっても……狭いな、お前の、中は………」
「ん……っ、は……っ」

 どこかうっとりとした、劉の声を耳にしたかと思うと、ゆるゆると、ソレが、動きだす。
 初めは緩慢な動きで、やがて徐々に激しさを増していく。
 肌と、肌が、ぶつかり合う音が、聞こえてくるくらいに。
 指で散々弄られた場所を、もっと太いもので突かれて、俺は声が止まらなくなる。
 天を突くようにたちあがったものは、触らずとも雫をだらだらとこぼしている。

「……っ、なか、で、出す、ぞ………っ」
「え……っ、あっ、劉………っ!?」

 やめろ、という暇もなく、奥で、熱い飛沫を感じた。
 それと同時に、俺のものも、堪え切れないように、白濁を吹き上げた。


 劉の身体が離れていくと、なかから、つうっと、白いものが滴り落ちて、俺は顔をしかめた。
 気持ち悪い。

「掻きだしてやろうか?」
「………いい」

 そんなことされたら、絶対そのまま、2回戦に突入する。
 これもすでに、学習済みだ。

「自分でやるのか?」
「ああ」
「だったら、ここでしてみせろ」
「………シャワーを浴びてくる」

 俺は裸のまま立ちあがると、浴室へ向かった。
 背後から、劉が声も立てずに笑っている、気配がした。
 ムカついたが、ここで怒ってもヤツを喜ばせるだけだ。
 段々、劉の取る反応の予測がついてきて、何だか複雑だ……。


 そして、数時間後。
 俺たちは、元のように、檻の中へと戻ってきていた。
 今は所長室ではなく、2人用の房の中だ。

「どうだった? 久々の『外』は」
「どうも、こうも……」

 外に出た時と同じよう台詞を、劉は改めて聞いてきた。
 心なしか機嫌が良さそうに見えるのは、『外』が楽しかったからなのか、それとも……。

「檻の中だろうが、外だろうが、アンタが一緒なら、変わらない」

 どんな場所でも、自分の思うままにしてしまう男が傍にいるのだ。
 一体、何の違いがあるのか、教えて欲しいくらいだ……。
 あごに手を当てて、愉快そうに劉が尋ねる。

「ふむ。それは、褒め言葉と受け取っていいのか、JJ?」
「さあな……好きにしろ」

 粗末なベットに倒れ込みながら、俺は疲れたように、投げやりに、答えた。


Fin.