オメルタ(JJ×宇賀神)

サプライズ

「JJ、来週の……」

 席をはずしていたこの部屋の主が戻ってきて、宇賀神は手にしていた書類から顔をあげた。

「ああ、悪い。今、急いでるんだ」

 JJは、そう言って宇賀神の言葉をさえぎると、机の上から決裁済みの書類のいくつかを手にし、また足早に立ち去ってしまった。
 宇賀神は、JJの消えていったドアをしばらく眺めてから、小さく息をついた。

(仕方ありませんね……。シオンは、ようやく、軌道に乗ってきたばかりなのですから)

 ドラゴンヘッドが壊滅した後、JJを頭に新たに立ち上げた組織、シオン。
 その存在は、次第に、龍宮でも確かなものとなってきている。
 だからこそ、今は、少しの油断も許されない。
 台頭しつつある時だからこそ、その足をすくわれないよう、気をつけなければならないのだ。
 それは、以前はドラゴンヘッドの幹部だった宇賀神には、痛いくらいにわかっている。

(こんな時に、たかが私ごとで、JJをわずらわせるわけには、いきませんね……)

 そう、心の中でごちて、再び、書類に目を落とす。
 
(もう、とりたてて祝うような、歳ではないのですから) 
 
 来週の、9月20日――――。
 その日は、新興組織、シオンの幹部である、宇賀神剣の、ごくプライベートな、記念日だった。


 そして、幾日かが過ぎた。
 その日も、常と変わらず、シオンは慌ただしかった。
 いや、気のせいか、いつも以上に慌ただしいような気もしたが、ここはお上品でも、行儀のいい場所でもない。
 小さなイザコザや、諍いは常に絶えず起こっている。
 それを、どう、こちらか主導権を握りつつ、さばいていくのかも、シオンの数多ある仕事のひとつだ。
 宇賀神は、数日間の出張を終えて、アジトであるビルに戻ってきた。
 ボスである、JJの部屋のドアを、軽くノックして、開く――――。
 
 パーン!
 
 突如聞こえてきた音に、宇賀神はとっさに、スーツの上着に隠れている、腰のホルスターに手を差し入れた。
 だが、次の瞬間、ぱらぱらと舞い落ちてきた紙吹雪に、目を丸くする。

「ハッピーバースデー! 宇賀神さんっ!」

 見れば、遠野梓が、クラッカーを手に、立っている。
 あれは、拳銃ではなく、クラッカーの音だったのか……。
 宇賀神が、ほっと息をつくと、ささやかな笑い声が聞こえた。
 JJが、面白そうな顔で、こっちを見ていた。

「…………ッ!!」

 顔を、手で押さえて、そむけた。
 が、赤くなった顔は、そのくらいでは隠しようがなかった。
 JJが、ゆっくりと、宇賀神に近づいた。

「誕生日、おめでとう……、宇賀神」

 ぽん、と親しげに肩を叩かれて。
 顔をあげると、優しくこちらを見ている目と、目が合った。

「あ、ありがとう……、ございます」

 それだけ言って、宇賀神はまた、うつむいた。
 そんな様子になどはお構いなしで、梓が明るい声をあげた。

「宇賀神さん! ほら、こっちに、パーティーの準備、してあるんだぜ。スシ! あ、酒は、マスターのおごり。マスターも、後から橘と一緒に来るって言ってた。キングシーザーのやつらも」

 ほらほら、主役なんだから、早く来て! とせかされて、いつの間にか運び込まれていた、広いテーブルの上に所狭しと並べられたご馳走の前に連れていかれる。
 真ん中には、でーん! とホールケーキも置かれていて、プレートには『宇賀神 剣さん、おたんじょうびおめでとう』とチョコレートで書かれている。

「まったく……。今は、こんなことをしている、時では……」

 驚きすぎて、宇賀神はつい、素っ気ないことを言ってしまう。
 それを聞きつけけた梓が、えーっ! と、不満げな声をあげた。

「宇賀神さん、嬉しくないの? せっかく、JJが企画したのに!」
「え……?」

 もう十分驚いていたのに、さらにびっくりして、宇賀神は、隣に居たJJを振り返った。

「……大変だったな、お前に、内緒にしておくのは」

 JJは、そう言って、かすかに笑った。
 宇賀神はそこで、ハッとして、聞いた。

「もしかして、今回の私の出張は……」
「ああ、そうだ。これ以上、秘密のままにしておけるのか、あやしかったから、ここから離れてもらった」

 出張の件は、確かに重要な案件ではあったが、決して、宇賀神が行かなければいけないものではなかったのだ。
 そういう事情があったのなら、宇賀神が出張に出されたわけも、わかる。

「そこまでして、何故……?」
「ちょっとした……サプライズだ」

 首をかしげる宇賀神に、JJはさらりと言った。
 ますますわけがわからなくて、きょとんとする宇賀神を見て、JJは、くすりと笑った。

「そういう……お前の、顔を見たかったから……か?」

 そして、JJは、宇賀神の頬を片手で撫でた。

「なっ……!?」

 おさまった、と思った頬の赤みが、燃えるような勢いで、復活する。
 そこへ、ドアがガチャリと、騒々しく開いて。

「おめでとさんー! 俺も祝いに来てやったでー!!」
「おめでとうございます。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「ハッピーバースデー、宇賀神! ワインを持って来たよ。乾杯は、もう済んだかな?」
「お、おめでとう……。まあ、つまらないものだが、一応、俺からはビールを……」

 橘、藤堂、瑠夏、霧生が、入ってきて、口々に宇賀神を祝う。
 それに、戸惑いながらも、宇賀神は、ありがとうございます、と頭を下げた。

「主役なんだから、もっと真ん中に行け。乾杯するぞ」
「JJ………」 

 JJに手を引かれて、皆の真ん中に連れていかれ、グラスを渡される。
 皆も同じようにグラスを持ち、瑠夏のプレゼントである赤ワインが、なみなみと注がれる。

「シオン幹部、宇賀神剣の、誕生日を祝って……」

 当然のように、JJが乾杯の音頭をとり、グラスを高く掲げる。

「乾杯!!」

 その言葉と共に、あちこちから、乾杯! おめでとう! の声が聞こえ、グラスがカチンと触れあう。
 宇賀神は、まだどこが、呆然としながら、それでも律儀に礼の言葉を返して、グラスをあおる。
 こんな風に、大勢から誕生日を祝われたことは、なかった。
 ドラゴンヘッドでは、ファミリー内の結束は固くても、キングシーザーのように個人の誕生日を祝い合うような習慣はなかった。
 中身が半分に減ったグラスを、見つめながら、宇賀神がぼんやりとそんなことを考えていると。
 隣の、JJの顔が、近づいてきた。
 耳元に口が寄せられて、宇賀神にだけ、聞こえるように囁く。

「………心配しなくても、ちゃんと、ホテルの部屋は、押さえてある」
「わ、私は、そんな心配は、してません……っ!!」

 動揺のあまり、グラスに残ったワインをこぼしそうになったのを、何とか抑えて、宇賀神は小さく、叫んだ。
 白い目元が、ほんのりワイン色に染まっている。

「そうか……?」

 JJは、そんな宇賀神をどこか愉快そうに見つめながら、ゆっくりと、グラスのワインを、飲み干した。


Fin.