オメルタ(JJ×霧生)

約束

 ファミリーが開いてくれる誕生日パーティーを終えて、霧生が自分の部屋へと戻ってきたのは、あと一時間ほどで日付が変わろうかという頃だった。
 両手いっぱいに抱えた、プレゼントの箱を、そっと床に下ろす。

「思ったより、早かったな」

 視界をふさいでいた物がなくなった時、目の前に居たのは、いつの間にかパーティー会場から姿を消していた、JJだった。

「JJ。お前、何でここに……」
「決まってるだろう。プレゼントを、持って来た」

 いぶかしげに問う霧生に、JJはそう答えた。
 だが、JJは手ぶらだ。
 それに、先程ののパーティー会場で、JJからはビールを1ダース、もらっていた。

「プレゼントなら、さっきもらったが……」
「あれは、まあ、前祝いみたいなもんだ。第一、あの場で、皆で飲んじまっただろうが」

 キングシーザーは、このあたり一帯を仕切るマフィアのファミリーだ。
 当然、その構成員の数も多い。
 酒は、いくらあっても、足りなかった。

「別に俺は……。その、お前に、祝いの言葉をもらっただけで、嬉しかったから……」

 顔を反らして、小声でぼそぼそと言った霧生に、JJはくすりと笑った。

「相変わらず、欲がないんだな」
「そういうんじゃない」

 霧生にだって、人なみに欲はある。
 ただそれが、個人的な趣味趣向を満たすような品物には、さほどない、というだけで。
 霧生の欲は、ファミリーの安寧と、そして―――。

「だから、プレゼントは、物じゃない」
「え……?」

 霧生は顔をあげて、JJを見た。
 JJは、にやりと口の端を緩めて、続けた。

「お前の誕生日が終わるまで、お前の言う事を、なんでも、きいてやるよ」
「はっ? それは、どういう意味だ」
「そのまんまだ。まあ、俺がプレゼント、そういう意味だな」
「JJ、お前………」

 ふざけてるのか、と言おうとしたが、JJは本気らしい。
 霧生は、腕時計を見た。
 23時、12分。

「誕生日が終わるまでって……もう、一時間もないじゃないか」
「そうだ。だから、ほら、早く望みを言ってみろ。今なら俺は、お前の思うままだぞ?」
「…………」

 そんなこと、いきなり言われても。
 これが、ボスの瑠夏だったら、きっとこのシチュエーションをすぐさま、楽しめるのだろうが。
 こんな、ふざけているのだか本気なのだかわからないような、突発的なことに、霧生は免疫がなかった。
 だが、JJは、それ以上せかす様子もなく、黙って、霧生の反応を待っている。
 霧生は、しばらく考えてから―――。

「……後ろを向け、JJ」

 JJは、素直に後ろを向いた。
 霧生は、その背中に近づいて、こつんと、自分の額をぶつけた。

「いいか、絶対、動くなよ。こっちを向くな」
「ああ」

 霧生は、ゆっくりと息を吸い込むと、JJの背中に囁くように言った。

「一日でも、一時間でもいいから、俺より先に、死ぬな、JJ」

 JJに聞いて欲しい望みなんて、一つだけだ。
 あと一時間以内で叶えてくれる望み、というのは、こういう類のものではないのだろう、と承知の上で、霧生はあえて、そう言った。
 きっと、こんな機会でもない限り、こんなむちゃな望みは、言えないに、違いないから―――。

「霧生……」

 JJが振り返りそうな気配を感じて、霧生は素早く叫んだ。

「こっちを見るな! ……いいから、お前は黙って、俺の望みを叶えろよ。そういう、約束だろう」
「ああ、そうだな」

 振り返らないまま、JJはそう答えた。
 JJは前を向いたまま、いつのまにかコートの背中をつかんでいた霧生の手を引きよせて、前に回す。

「なんでも、って言ったからな。望み通りにしてやるよ。お前の死に水は、ちゃんと俺が取ってやる。……あと、五十年後くらいにな」

 JJの手が重ねられて、ぎゅっと、強く握られる。
 霧生よりも、ほんの少し低い、JJのてのひらの熱。
 しだいに溶け合って、やがて同じ熱を持っていく。

「忘れるなよ、JJ……」

 こんな言葉は、何の意味も持たないと、わかっていた。
 JJは、殺し屋だ。
 彼が、どんなにすぐれた殺し屋だろうと、いつ、どんな事態が起こるのか、誰にもわからない。
 そしてそれは、キングシーザーが依頼した件で、起こるかもしれないのだ。
 だが、霧生には、それを止めることが……いや、止めようとは、思わないだろう。
 それが、キングシーザーにとって、必要な事であるのならば。
 こんなことをJJに望むのは、矛盾した、おかしなことだ。
 たとえ、そうとわかっていても、それでも―――。

「約束する、霧生」

 目を合わせないままで、JJは答えた。
 いつものように、気負わない、静かな声で。
 それが、イラつくと、思った時もあったのに、霧生はその声に、つめていた息をゆるめた。
 お互い、明日をも知れない稼業でも。
 今、この時だけは、この約束だけは、信じられると思った。

「ハッピーバースディ、霧生」

 囁くように呟いて、JJは霧生の左手を持ち上げて、薬指にキスをした。
 約束の、証のように。


Fin.