オメルタ(JJ×梓)

クリスマスナイト

「やあ、いらっしゃい。JJ、梓君」
「マスター、こんばんは!」
「ああ……。わざわざ呼び出して、仕事の依頼か? マスター」

 マスターに誘われて、JJと梓は連れだってエピローグ・バーに訪れた。
 気のせいか今夜はいつもより客の入りが多いようだったが、2人のためにカウンター席が確保されていた。

「いいえ。違いますよ、JJ。今夜は……」
「クリスマス・イブだから。だろ? マスター」

 マスターの言葉の先をさらうように、梓が続ける。
 ああ、それで、とJJは思った。
 どうりで、今日は客が多いはずだ、と。

「JJって、そういうの、ほんっと、疎いよな!」

 梓が、JJを見て笑う。
 JJは、親しい者にしかわからないくらいに、ほんのかすかに顔をしかめてスツールに座った。

「関係ないだろう……そんなものは」

 素っ気なく、JJは答えた。
 今夜が、クリスマス・イブだろうが、ただの平日だろうが。
 そんなものは、殺し屋を生業としているJJにとって、どうでもいいことだ。
 どんなにめでたい日であろうと、殺しの依頼を受ければ、ベレッタを構える。
 それだけだ。

「関係なくはないだろ……」

 梓は不満げに呟くと、JJの隣に腰かけた。
 頬杖をついて、唇を尖らせる。
 そうすると、年よりもずいぶん幼く見えた。

「クリスマスってのは、大事な人と過ごす……大切な、日なんだから」

 目を細めて、どこか遠くを見るような眼差しで、梓は言った。
 その横顔を見て、JJは梓の、これまでのクリスマスを想像した。
 優しい両親と……温かいクリスマスを過ごしてきたのだろう、きっと。
 だがそれは、ある日突然、この上もなく残酷な方法で、永遠に奪われてしまった。
 奪ってしまったのは、自分だ。
 JJが直接手を下したわけではなくても、巻き込んでしまったのは確かだ……。

「……なんだよ、JJ。甘いこと言うって、笑うのか?」

 黙り込んでしまったJJを、梓は不機嫌そうに睨んだ。

「いや……そんなことは、ない」

 なんとなく、JJは梓の頭をぽんぽん、と撫でるように叩いた。
 見た目通りの猫っ毛が、乱れる。

「な、何するんだよ、JJ!」

 梓が頭を押さえて抗議すると、JJは慌てて手を離した。

「悪い……」
「ったく、なんだよ、JJってば……」

 口調に反して、梓の顔は赤く、さっきまでの勢いがない。
 JJは、どこか気まずい思いで、目を反らした。
 そんな2人の様子を、さっきからニコニコ笑って見ていたマスターが口を開く。

「今夜はクリスマス・イブですからね。お世話になっている君たちに、ささやかながらプレゼントを……と、思いまして。エピローグ・バーの特別メニューをご馳走しますよ」
「いいのか? マスター」
「ええ。遠慮しないでください」
「ありがとう」
「サンキュー、マスター!!」

 マスターの笑顔に、さっきまでの気まずい雰囲気が一掃される。
 梓の顔にも、いつもの元気な表情が戻っていた。
 それを確認して、JJは言葉にはしなかったが、ほっとした。

(しおれた猫みたいなになってるところは、見たくないからな……)

 心の中だけで、そっと付けたして。

「JJにはクリスマス特製カクテルを。赤い色がきれいでしょう? 梓君は、お酒は飲まないんですよね。なのでジンジャーエールと……このクリスマスケーキをどうぞ」

 魔法のように、マスターはさっと、赤いカクテルのグラスと、琥珀色のジンジャーエールのグラスを用意した。
 そして梓の前にだけ、可愛いクリスマスケーキを。
 生クリームの上に、サンタクロースのマジパンがちょこんとのっている。

「わあ……! ありがとう、マスター!!」

 感激している梓の横で、JJは赤いカクテルを一口飲んだ。

「甘い……でも、美味いな」

 アルコールと、果実の爽やかな酸味が鼻に抜けていく。
 いくらでも飲めそうだが、それなりに度数はあるのだろう。

「このケーキも、ちっちゃいけど、すっごく美味しいよ!」

 フォークで少しずつ、端をすくうようにして、梓はケーキを食べている。
 幸せそのもの、という顔で。
 クリームが、頬についているのも気付かないで。

「……何、JJ? アンタも、欲しいの?」

 じっと見ていたら、梓はフォークにケーキをひとかけら刺して、JJに向けた。

「そうだな……」

 本当は、ケーキなどはどうでもよかった。
 甘いものは、別に嫌いと言う程でもないが、それほど好きでもない。

「俺は、こっちでいい」

 JJは、フォークを素通りして、梓の顔に唇を寄せた。
 白い生クリームで飾られた、梓の頬に。
 そのまま、澄ました顔で、ぺろりとクリームをなめとった。

「甘い」

 そしてまた一口、甘いカクテルを飲む。

「な、な……っ! じぇ、JJ……っ!!」

 一拍遅れて、梓が顔を真っ赤にして叫んだ。

「なめるなよっ! 人の顔を!!」

 至近距離で声が響いて、JJは顔をしかめる。

「……うるさい。耳元で叫ぶな。なめるのが嫌なら、次からは……齧るぞ?」
「だっ、だから、なんでそうなるんだよっ!」

 ケーキの欠片が刺さったままのフォークを握りしめて、梓が子猫……ではなく、子犬のようにキャンキャンと吠えた。
 顔がケーキの上のサンタクロースよりも、赤くなっている。
 
「いやあ、仲がいいですねえ、君たちは」

 招待した甲斐がありました、とマスターは続けると、和やかに笑った。
 赤いカクテルグラスの陰で、JJもひそやかに笑う。
 それを目ざとく見つけた梓が、また毛を逆立てるように怒って……クリスマス・イブの夜は、騒々しく更けていった。


 Merry Christmas!!