オメルタ(JJ×宇賀神)
時を刻む
「めずらしいな。平日に完全オフなんて」
弁護士としての新たなスタートを切った宇賀神の毎日は、ドラゴンヘッドの幹部だった頃よりも更に多忙だった。
1人でも多くの弱き者を助けるため、休日を返上することもめずらしくない。
そんな彼が、平日の、しかも月初めに丸々1日に休みを取るとは。
しかも、今日になっていきなり聞かされたのであれば、JJが驚くのも無理はない。
「まさか……具合でも、悪いのか?」
暦は3月になったとは言え、先日は雪が降った。
その雪もすでに止み、気温も一気に春らしく上がったが、逆にその温度差で体調を崩すものもいるだろう。
日々を忙しく働いている宇賀神も、その変化で具合を悪くしたのかもしれない。
JJは、心配そうに宇賀神の顔色をうかがった。
特に、熱があるようには見えないが……。
「私の調子は、すこぶるいいですよ、JJ」
心配して下さってありがとうございます、と微笑む宇賀神に無理をした様子は見られない。
言葉通り、体調は良さそうだ。
ならば何故、急に休みを取ると言いだしたのだろうか……?
首をかしげるJJの耳に、ドアチャイムの音が響いた。
誰かやってきたようだ。
こんな朝早くに、一体誰だろうか。
「ああ、ついたようですね」
いぶかるJJをよそに、宇賀神は玄関に向かう。
その背中をJJは追った。
「待て。俺が出る」
来客に宇賀神が心当たりがあっても、不用意に彼を出させるわけにはいかない。
過去の経歴、現在の職業を考えても、宇賀神にはいくらでも狙われる理由がある。
万に一つのことでも、あってはならない。
JJは彼のボディガードで………恋人なのだから。
「特上寿司2人前、お持ちしました〜!」
「………寿司?」
だが、開いたドアからやってきたものは、全く予想外のものだった。
寿司の、出前。
「ああ、支払いは私がしますので、とりあえず受け取ってください」
「あ、ああ……」
朝から陽気な寿司屋の配達人から、JJはラップのかかった、寿司の入った丸い容器を2つ受け取る。
入れ違うようにやってきた宇賀神が金を支払うと、毎度あり〜! と言う声と共に、寿司屋は去って行った。
「………朝から、寿司を食うのか?」
テーブルの上に寿司の入った容器を置いて、JJはますます首をかしげた。
休日の朝に何を食べようと、それは自由だが……。
「やはり、ごちそうと言えば、これかな、と思いまして。JJは、寿司はお嫌いですか?」
「いや……そんなことはないが」
今までの仕事上、匂いのきついものは食べないようにしてきたが、基本、JJには食べ物に好き嫌いはない。
生魚が苦手、ということもない。
「それはよかった。今、お茶を……いえ、その前に」
宇賀神はキッチンに向かいかけて、途中で止めて自室へと向かった。
そして、何かを手にして、すぐに部屋から出てくる。
「JJ。これを、あなたに……」
そう言って、JJに小さな箱を手渡した。
ダークブラウンの箱には、青いリボンが掛かっている。
開けていいのか? と目で問うと、宇賀神は黙って頷いた。
リボンを解き、箱を開ける。
中に入っていたのは………
「腕時計……」
箱に入っていたのは、シンプルな、だが良いものだと言う事がひと目でわかる、シルバーの腕時計だった。
「身だしなみとして、あなたにも必要でしょう」
「俺は、別に……。それに、時間なら携帯で十分だ」
「JJ、あなた、携帯を時計代わりに見ることなんてないでしょう」
「それは……」
宇賀神の冷静な突っ込みに、JJは口を濁した。
JJが携帯を使うのは、最低限の連絡手段としてのみだ。
だからといって、JJが特別、時間にルーズ、と言う事もないのだが……。
「たしなみです。社会人としての」
宇賀神はきっぱりと言うと、箱から腕時計を手に取った。
「つけてあげます。さあ、手を出して」
JJは、大人しく左手を差し出した。
宇賀神の、男にしては細い指で、JJの手首に腕時計が巻かれてゆく。
ベルトのひやりとした感触に違和感を覚えたが、それもすぐに体温で温まっていった。
JJは腕時計のはまった手を目の上にかざして確認しながら、尋ねた。
「それにしても……何故、今頃こんなものをくれたんだ?」
社会人のたしなみ云々はさておき。
それなら、もっと早く、用意しても良かっただろうし、JJに指示しておけばすむ話だ。
急に休みを取って、寿司の出前を取って、腕時計をプレゼント、だなんて。
いつもの宇賀神らしくない行動だ。
「それはもちろん、今日があなたの誕生日だからですよ。誕生日、おめでとうございます……JJ」
ドラゴンヘッド時代には、氷の処刑台、なんていう二つ名を持っていた男とは思えない、柔らかな微笑を浮かべて口にされた言葉に、JJは思わずぽかんとしてしまった。
腕時計と、宇賀神の顔を見比べてから、ようやく口を開く。
「じゃあ、これは……誕生日、プレゼント、なのか」
「そうですよ。……なんて顔してるんですか、JJ」
おかしそうに笑っている宇賀神に、JJは少しだけ口元を歪めた。
「いや……。俺にも、そんなものがあったんだな、と思ったんだ」
「誕生日がない人間なんて、いませんよ。そんな人間は、そもそも存在していないはずです」
至極真面目な顔で、そんな事を言う宇賀神に、JJは小さく笑った。
「そうだな」
「ええ、そうです」
互いにうなずきあい、目を見かわし……顔を寄せて、キスする。
わずかに唇を離しただけの状態で、JJはささやいた。
「俺に誕生日があった事なんて、俺でさえすっかり忘れていたのに……よく知っていたな、宇賀神」
「私が、あなたの事で、知らない事があるとでも……?」
挑発的な問いかけに、JJは束の間目を見張り……それからすぐに、和ませた。
ついばむように、うすい唇にキスをする。
「怖いな………さすが、優秀な弁護士だ」
「当然です。私は誰よりも優秀な弁護士で……あなたの、恋人、なのですから」
「そうだな」
「ええ、そうです」
もう一度、うなずきあって、更にキスを深めあう。
JJの左腕が、宇賀神の方にまわって、形のいい耳たぶを柔らかくつまむ。
唾液が混ざりあう音に混じって、カチカチ……と、新たな時を刻む音がふたりきりの部屋に響いていた。
Happy Birthday!!