オメルタ(橘×JJ)

相棒

 愛用のベレッタM92Fを、丁寧に分解して、掃除して、また元のように組み直す。
 定期的に行うそれは、仕事前の儀式にも近く、JJにとって心落ち着く作業でもあった。
 その、神聖かつ穏やかな時間を、無粋な声があっさりと打ち砕いた。

「なんで〜! なんでやー!! どーして、お前の方が仕事の依頼が多いや、JJ!!」

 背後で、実にやかましい関西弁がわめいている。
 さっきから無視していたが、さすがのJJも、そろそろ限界だった。
 広げた布の上に、バラしたベレッタの部品を置くと、振り返って、金髪グラサン関西弁の男をにらんだ。

「……黙れ」

 そして、再びベレッタに向き直って、作業を続ける。

「えーっ! ヒドイ! ちょ、JJ、いくらなんでも、そりゃあんまりや! 恋人に向かってその仕打ち! 傷つくやんかっ!!」

 間をおかずに叫ばれて、JJは大きなため息をついた。
 銃の手入れをする手は休めずに、再び口を開いた。

「そんなとこでわめいている暇があったら、なじみの情報屋を増やすんだな。俺と懇意の情報屋が、俺の方により多く仕事の依頼を回すのは当たり前だ。甘えるな」

 JJの背後で、さっきからうるさい関西弁男は、橘陽司。
 元は関西にいて、わけあって、こちらに流れてきた同業者だ。
 橘が、移民たちが幅をきかせいている東京湾岸に来て、だいぶ時間が経つとはいえ、この界隈ではJJの方が古株だ。
 同じフリーの殺し屋同士とはいえ、JJの方が、圧倒的にツテが多い。
 それをとやかく言われる筋合いは、全くない。
 第一、恋人だろうがなんだろうが、JJは仕事と私情を混同したりはしない。

「ったく、JJってば、冷たいわ。氷みたいや。お前なんかカキ氷や! 頭、キーンってするわ!!」
「意味がわからない……」

 まだぶつぶつ文句をたれる橘に、JJはブリザードのように冷たくつぶやく。
 相手をしないならしないでやかましく喋り続けるし、したらしたで、やっぱりうるさくわめき続けると言う。
 これなら、梓の方がまだ静かな分マシだった……。
 と、JJが内心思ったのに、橘は気付いたのかそうでないのか。
 JJの肩に手を置いて、ぶんぶんゆさぶった。

「あーっ! 今、心底メンドイ思うてるやろっ!?」
「よくわかったな」

 相槌を打つのさえ、面倒くさい。
 というか、肩を動かされては銃の手入れも出来ないので、やめて欲しい。
 JJは、またため息をつくと、諦めて、半分しか手入れの済んでいないベレッタを、布の上に下ろした。

「橘。お前は一体、オレにどうして欲しんだ?」

 振り返って、観念してそう訊くと、橘は目に見えて、ぱっと顔を明るくした。
 肩に置いた手をそのまま胸に回して、ぎゅっと抱きついてくる。

(暑苦しい……)

 そう、思ったが、言ったら更に面倒くさくなりそうなので、賢くもJJは口にはしなかった。

「それや! その言葉を待ってたんや、俺は!!」

 怒っていても、拗ねていても、喜んでいても、この男はやかましい。
 橘と付き合いが始まるようになってから、JJの静かな日常は壊されて行く一方だ。

「俺と一緒に、仕事しよ? な、ええやろ……、JJ」

 耳元で、睦言のように甘く囁かれる。
 髪が、頬に当たって、くすぐったい。
 JJは、思わずぞくりと震えそうになって、小さく身じろいだ。
 
「ダメだ」
「えーーーーっ! 即答!? なんでや、JJ!?」

 JJは、胸に回された橘の腕に手をやりながら、答える。

「俺は、誰かと一緒に仕事をするのは好きじゃない」
「誰か、じゃないやん。俺やで、JJ? カッコよくて頼りになる素敵な相棒、橘陽司サマやで!?」

 なあなあ、ええやろー!?
 と、なおも耳元で繰り返す橘に、JJは眉をしかめた。

「こないだだって、上手くいったやん。だったら、これからだって……」

 確かに、あの時―――橘の過去のイザコザで、賞金首になってドラゴンヘッドの連中に小遣い稼ぎに狙われていた時。
 JJは、橘と協力して事に当たった。
 そして、それは結果的に上手くいった。
 上手くいったからこそ、今があるのだ。
 だが………。

「あれは、あくまで緊急時だ。それにお前はわかってないかもしれないが、アレは、俺がお前に合わせてたんだよ」
「お前が俺に合わせられるんやったら、へーきやん!」
「平気じゃない! 橘、お前はスタンドプレーが多いんだ。俺は、お前の後始末をつけるのは、ごめんだ」

 きっぱりと言い放つと、橘が、しゅんとする気配が、背中越しに伝わった。
 ちょっと言い過ぎたか……とも思ったが、本当のことだ。
 こう言う事は、はっきり言わないと、橘のような相手には、絶対伝わらない。

「JJは、俺と一緒に、仕事、したないん……?」
「橘……」
「俺は、JJと一緒に、仕事したいんや。こないだ、一緒にやった時、すげー、キモチよかったんや。俺かて、一人でやる方が楽でええて、ずっと思てきた。けどな、JJ、お前と一緒やと、違うんや。JJは? 全然、そないなこと、思わんかった?」
「それは……」

 確かに、橘と一緒に仕事をするのは、一人よりも面倒な事もあったが、やりやすい面もあった。
 何より、背中を気にしなくて済むのがいい。
 ゲリラ時代はチームプレイに近いこともやったが、それとは全然違う安心感があった。

「俺、今度は勝手なこと言わんよ? ちゃんと、JJの言う事もきく。それでも、ダメ? イヤ……?」

 普段はなれなれしいを通り越して図々しいくらいなのに、こう言う時に限って、しおらしい事を言うのは、反則だと思う。
 だが、そうとわかっていても、JJはそれ以上、強い事を橘に言えなかった。
 JJは、橘の手を、ぎゅっとつかんだ。

「7:3」

 背中から抱きつかれたまま、JJは呟いた。

「え?」
「取り分だ。ナナサンでなら、お前と一緒に仕事、してやってもいい」
「ええーっ!? ちょ、それあんまりやん! 半々とはいかんでも、せめてロクヨンやろ!?」
「………仕方ないな。言っとくが、俺が6、だからな」
「わかってるって〜! じゃあ、さっそく、今から、俺たち、パートナーやな!」
「…………」
「え、なんでそこで、ため息つくんや!?」

 なんで? なんでや!?
 ……と、連呼する橘には答えずに、JJはベレッタの手入れを再開させた。
 背中に鬱陶しくも温かい、重みをはりつかせたままで。


Fin.