オメルタ(JJ×梓)
猫
深夜を過ぎて戻ってきた部屋は、暗闇に沈んでいた。
スペースの都合で1つだけしか置いてないベッドは、もぬけの殻。
先に帰っているはずの、同居人の姿は見えない。
「…………」
JJは、無言のまま、明かりもつけずに部屋の中を歩く。
ふたりが暮らすのにはことたりるが、やや手狭な、アパートの一室。
JJは、もう目をつぶっていてもどこに何があるのか把握していて、暗くても特に不自由しない。
ベッドの反対側、壁際まで歩くと、JJはぴたりと足を止めた。
そっとしゃがんで、そこにうずくまる影に声をかける。
「……梓。寝るなら、ベッドに行けと言っているだろう」
「ん……。JJ? おかえ、り……」
寝ぼけた返事が返ってくる。
部屋の隅で丸くなって眠っていた梓が、JJを見上げた。
かゆいのか、しきりと目をこすっているのを、手を伸ばして止めさせる。
「よせ。傷がつくぞ」
「ん、うん……」
わかっているのか、いないのか。
トロンとした目を向ける梓に、JJは暗がりにまぎれて、ひっそりと笑った。
「ったく、猫みたいなヤツだな。こんなところで寝て……」
「う、うるさいなっ! ここの方が落ち着くんだよ!」
ようやく目が覚めたのか、ごそごそと起き上がって、梓は口をとがらせた。
いつもは両側にピンと立った髪も、寝ていたためか、ぺたんと折れている。
なのに、口調だけは威勢がよかった。
「な、何、笑ってんだよ、JJ……!!」
「いや……」
フシャーッ!
と、毛を逆立てている猫みたいだったから。
なんてことを口にしたら、梓はますますへそを曲げてしまうだろう。
JJは、答えずに梓の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「いつまでも、そんなとこにいないで、ベッドに入れ」
「う、うん……」
促すと、梓は大人しくベッドへと向かった。
それを目の端で捉えてから、JJは上着を脱いだ。
先にベッドに横たわった、梓の隣に、身体を潜り込ませる。
シングルよりは大きいが、キングサイズ、とまではいかないベッドは、男ふたりで寝るには少し窮屈で、自然、身を寄せ合うような形になる。
誰も使っていなかったシーツの肌触りは、洗濯された清潔な匂いがしたが、ひんやりと冷たかった。
「梓……」
JJが呼ぶと、身体をすりつけてくるように、梓がこちらを向いた。
「何、JJ……?」
更に自分の方に引き寄せるように抱き寄せると、梓は居心地悪そうに身じろぎした後、身体の力を抜いた。
JJの腕の中に、小柄な体がすっぽりと収まった。
「どうして、ベッドで寝ないんだ?」
「そ、それは……」
再び、落ち着かなげにもぞもぞと動いてから、梓はJJの胸に落すように、ぽつりとこぼした。
「何か落ち着かないっていうか、さ……。今までずっと、ベッド何か使ってなかったし……」
「前は、ベッドで寝てたんだろう?」
「そうだけど……。忘れちゃったよ、そんな昔のこと」
「そうか……」
梓は元々は、きちんとした家の子どもだった。
両親に可愛がられ、まっすぐに育った、誰からも愛されるような。
家には、ちゃんと子供部屋があり、梓はそのベッドで毎夜、眠っていたはずだ。
……それが、ある日を境に、がらりと変わった。
薄汚れた、廃墟のようなアジト。
復讐のために選んだ暮らしでは、たとえベッドがあっても、そこで休もうという気にはなれなかったのだろう。
アジトにベットがあっても、梓は決してそこでは寝ようとはしなかった。
そんな暮らしが5年―――5年も、続いたのだ。
今さら、以前のようにベッドで眠ろうという気になれないのも、無理はないのかもしれない。
「それに、ひとりで……寝るには、このベット、デカすぎるんだよっ」
最後は早口で言って、梓はJJのシャツの胸元をぎゅっとつかんだ。
ダブルというよりセミダブルに近いベッドは、ひとりで使ったからと言って、大きすぎることはない。
むしろ、ゆったり使えてちょうどいい広さだ。
「……………」
梓の背中に回した手のひらを、ゆっくりと、何度も往復させる。
梓にとって、ひとりで眠るベッドは、かつての暮らしを思い起こさせるものなのだろうか。
何の心構えもなく、いきなり奪われた、大切な日々の。
もう、二度と取り戻す事が出来ない――――。
「お前が先に寝て、温めておいてくれると、助かるんだがな」
だからJJは、わざとそんな見当違いのことを口にした。
いかにも冷たいベッドに、閉口している、といった風に。
「んだよ……。俺は、湯たんぽじゃねえぞ、JJ……!」
「知ってる。猫だろ?」
手を伸ばして、今はぺたんとしている、いつもはぴんと立っている部分の髪を触って、軽く引っ張った。
「や、やめろよ、JJ! オレは猫じゃねえ……!!」
梓は、くすぐったそうに身じろいだが、JJは髪をまさぐる手を止めなかった。
もう片方の手は、梓の服の中に忍びこんで、滑らかな肌の上を直接つたった。
「や……、あっ、JJ、にゃ………」
何を、と言おうとした口が、上手く回らなかったのか。
鳴き声みたいな声が、梓の口から漏れた。
「ほら、やっぱり……、猫、だろ」
口の中だけで小さく笑って、JJは手のひらを、梓の髪から徐々に下へ、顔の輪郭線をなぞるように撫で、口の中に指を入れた。
かすかに開いた口腔を、くすぐるように指で愛撫する。
「ちが……っ、だ、だから、やっ………」
JJの胸を両手で突いて、梓は抵抗するが、弱々しいそれは、JJにとって抵抗されている内に入らない。
指を引き抜いて、舌を入れる頃には、腕の中の猫は、すっかり大人しくなっていた。
「ひとりで眠るのが嫌なら……」
唇が離れたわずかな間に、息を吹き込むような距離で、JJは囁く。
一人寝を怖がる、猫の耳にだけ、聞こえるくらいの声で。
「………いつでも、一緒に寝てやる」
ぴくりと、猫の―――梓の、身体が動いた。
言葉もなく、JJに抱きついてくる、温かな体温。
今では何よりもかけがえのない、大切なもの。
目じりに浮かんだ涙をそっと舐めとって、抱きしめ返してやると、猫は安心したように、小さく、ないた。
Fin.