三国恋戦記SS 仲謀×花

くるくるり

 花を探しまわって、広い屋敷のあちこちを見て回った孫家の当主は、ようやくその姿を見つけて、目をすがめた。

「お前……、何、やってんだ?」

 仲謀が声をかけると、椅子の上に立ちあがっていた花は、振り返って、笑顔を見せた。
 初めて会ったころは、警戒心が先走っていたのか、あまり笑顔を見せてくれなかったが、今では仲謀の姿を見ると、嬉しそうに笑いかけてくれて、それが何だかくすぐったくも、嬉しい。
 つられたように笑みを返した後、ようやく、彼女の近くに、尚香や、大喬、小喬の姿もある事に気付いた。
 同じように振り返った彼女たちも、笑顔で彼を迎えた。
 大喬小喬が、はしゃいだ声で、仲謀に話しかけてくる。

「仲謀、見て見て! 花ちゃんったら、すごいんだよ〜!」
「りんごの皮! 全然、途切れないの!」

 花の手元には、りんごがあって、皮むきの真っ最中だった。
 それはいいのだが、何故か椅子の上に立ちあがって、皮をまるで一本の細い紐のように垂らしながら剥いている。
 りんごの皮は、途切れることなく、花の手元から続いている。
 それは、確かに凄いのかもしれないが……。

「何か、意味あんのか、それ」

 仲謀が尋ねると、りんごの皮を剥く手を止めることなく、花は答えた。

「意味は、特にないけど……。特技はあるのって聞かれて、りんごの皮を途切れさせずに剥けるよって言ったら、見てみたいって、言われたから」

 それで、実践している最中なのだと言う。
 りんごは、あとちょっとで、全部剥き終わりそうだった。

「ふーん。りんごの皮むきが、特技ねえ……」
「役にも立たない特技、って言いたいんでしょ」
「わかってんじゃねえか」

 にやっと仲謀が笑うと、花は彼に向って、小さく舌を出した。
 生意気この上ない仕草のはずなのに、やけに可愛く見えて、仲謀は何故だか焦った。

「あー! 仲謀、顔、赤ーい!」
「仲謀、照れてる〜!」
「う、うるせえ、大小!」
「きゃー! 仲謀が怒ったあ」
「怒った〜!」

 目ざとい大喬小喬にからかわれて、怒鳴り返すも、効果のほどは全くない。
 花は、そんな彼らを見て、くすくすと笑っている。

(くそう……)

 若き当主は、もちろん、面白くないが、そんな彼女もやっぱり可愛い、と思ったりしてるものだから、これはつける薬がない、といった類のものなのだろう。
 そうこうしているうちに、りんご1個は、綺麗に丸く剥けていた。
 
「花ちゃん、上手だね〜!」
「赤い帯みたいだね〜!」

 大喬と小喬は、剥き終わった1本のりんごの皮をつまんで、仲謀そっちのけではしゃいでいる。
 確かにそれは、ちょっとした特技ではあるのかもしれない。
 役に立たない事は、変わりないが。

「このままじゃ、食べ辛いから、切って食べようか」

 花は、剥き終わった丸いりんごを持って、大喬と小喬に尋ねている。
 特技を見終わって満足したのか、彼女らは、あっさりとうなずいた。

「そうだね〜。これじゃ、皆で食べられないもんね」
「4つに切って、花ちゃん。仲謀も、食べるんでしょ?」
「あ、ああ……」

 このふたりにかかれば、孫家のご当主様もかたなしだった。
 すっかり、彼女たちのペースにもっていかれている。

(まあ、いいけどよ。別に、急ぐ用じゃねぇしな)

 りんごを食べる暇がないほど、忙しいわけでもない。
 ついでに、休憩してもいいだろう。
 後で、公瑾に何か言われるかもしれないが、その時はその時だ。

「それじゃ、切るね」
「うん!」
「お願いしまーす!」

 皮をむいていた時と同じ、器用な手つきで、花はりんごを四分割した。
 とりあえず、りんごの扱いには長けているらしい。
 あっという間に、りんごは4つになって、芯も綺麗に取り除かれた。

「花ちゃん、りんごちょうだい。あ〜ん」
「あ〜ん」

 横着な姉妹は、ひな鳥のように、口を開けて待っている。
 そんな彼女たちに、花は笑って、切ったりんごを、それぞれ口に入れてやっている。

「美味しい〜!」
「美味しい〜!」

 さくさくと、軽く音を立てながら、りんごを咀嚼する彼女たちは、ご満悦だ。
 そんなふたりの様子を、楽しそうに見てから、花は仲謀に向き直った。

「仲謀も、食べるんだよね」
「ああ」
「それじゃ、仲謀も、あーん」
「あーん、って……」

 屈託なくりんごを口元に差し出されて、仲謀は、大いに戸惑った。

(そんな、大小じゃあるまいし……っ!)

 いつのまにか、すでに食べ終わった大喬・小喬のふたりも注目している。
 一体これは、何の罰だ。
 そう、思いながらも、ここでいらないとも、一人で食える! とも言えなかった。
 断られるとは微塵も思っていません、とばかりの、花の笑顔が、目の前にあるからだ。

(ええい、くそっ……!)

 観念した孫家の若当主は、目をつぶって、口を開けた。
 りんごが、仲謀の口にいられた時、花の細い指が、そっと仲謀の触れて、離れていった。

(………っ!)

 そんな、ささいなことに、おおいに動揺しながら、りんごを噛みしめる。

「美味しい?」

 首をちょっとかしげて、花は、仲謀に確認する。

(だからっ、お前は、なんでそう、いちいち……っ!)

 口の中いっぱいに広がった、甘い果汁を飲み込んでから、仲謀はうなずいた。

「ああ、美味いよっ!」

 こうなれば、もう、ヤケだ。
 りんごは、確かに、美味しかった、と思う。
 正直、味どころじゃなかったが……。

「私も、食べようかな。……うん、美味しいね、このりんご」

 にこにことりんごを食べている花を見て、仲謀は、人知れず、ためいきをついた。
 そして、ようやく、ここに来たわけを思い出して、口を開いた。

「新しく、お前のために仕立てた衣が出来上がったって、女官が探してたぞ」
「え? そうなの。じゃあ、行かなくちゃ」
「わーい! 花ちゃんの、新しい衣装? 見る見る!」
「見たい〜! 見ていいよね、花ちゃん」
「うん、いいよ。もちろん。またね、仲謀」
「………ああ」

 3人は、実ににぎやかに、その場を去って行った。
 その後ろ姿を見送ってから、仲謀も自室へと向かった。
 仲謀様に探させるなんて、とんでもない! と恐縮する女官をいなして、気分転換がてら、花に会いに来たのだが……。

(あいつのあの天然っぷりは、一体何なんだよ……)

 気分転換どころか、密かに動揺させられっぱなしで、かえって疲れてしまった。

(本当に、あいつといると、調子狂わせられるぜ)

 しかもそれを、面白いとか、心地いいとか思ってるあたり、もう末期なのかもしれない、色々と。
 仲謀は苦笑して、ぺろりと下唇をなめた。
 甘酸っぱい、りんごの味がした。


了。