10.恥かしがり屋
ふと顔を上げたときに見えた、君の視線。
やさしくって、あまい。
だから……、
思わず、目を反らしてしまう。
それって、もう、どうしようもない。
フェンス越しに、ヤツが無駄に元気に、走りまわっている。
の、を、目を細めて、じっと見ていた。
気付くな、気付くな、と胸のうちで唱えながら。
なのに。「あっ!アキちゃ〜んっ!!」
なのに、必ずと言っていいくらい、気付く。
恥かしいくらいに、ぶんぶん、大きく、手まで振って。「げっ」
当然、他のチームメイトもこっちに気付くわけで。
俺は慌てて、その場を立ち去らなければならなくなるのだ。
「ねぇ、アキちゃん、昨日さぁ、俺の部活、見に来てくれたよねぇ」
休み時間。
今日も、こりずに、悟史はやってきて、にこにこと言う。「へ〜。神近の方からも、会いに行ったり、するんだねぇ」
藤原が、妙に感心したように言ったのに、悟史はムッとした顔をする。
「なんだよ。当たり前だろ。俺の一方通行みたいな言い方、するなよな」
「あれ、違うの?」
さらっと言い返されて、悟史はますます、ムカッとした顔をして、俺を、すがるような目で、見た。
「ねぇ!アキちゃんからも、何か言ってよ?」
「……どうだったかな」
素っ気無く言ったら、悟史は、半べそをかいて、俺にしがみついた。
「アキちゃん〜っ!!」
それを、振り払うでもなく、されるがままになっている俺を、藤原は、ニヤニヤ笑いながら見ている。
くそう…。
肯定も、否定もできない、俺の心のうちなんか、お見通しってか?
ムカつく。
もっと、ムカつくのは。
藤原にさえ、わかってることが、こいつには、わかってないってことだ。
これっぽっちも。
悟史の部活がない、帰り道。
一緒に連れ立って、帰りながら。
悟史はまだ、さっきのことを、ぐちぐちと、むしかえしていた。「アキちゃんってさぁ…冷たいよね」
「はいはい」
「昨日だって、手ぇ振ったのに、しらんぷりするしー」
「もー忘れた」
「藤原にも言われ放題なのに、何も言ってくれないしー」
「いちいち、取り合うお前が、馬バカなんだよ」
「ひーどーいーよーぅっ、アキちゃん!」
デカイ図体で、本気で拗ねだした悟史から、少し距離を取って、すたすた歩く。
本当に、こいつは……。「あ、ちょっと、アキちゃん…?」
気付いた悟史が、慌てて追いかけてくる。
それを、ちょっと振り向いて、確認してたら。「ちょっ…!危ない、アキちゃん!」
何時の間にか、車道によりすぎていた俺を、追いついた悟史が、かばうように、さっと引き寄せた。
「アキちゃん、大丈夫?」
小学生低学年みたいに、危なっかしい事をしでかして、内心こっぱずかしい俺の心境など知るよしもない悟史は、ただ、心配そうに、問いかける。
「あ、ああ……」
ありがとう、という言葉が、上手く口に出せないで、それだけしか言わなかった俺に、悟史は、にこっと笑って、よかった、と言った。
……だから、嫌なんだ、こいつは。
やつ当たりだと、わかっていても、つい、そう思ってしまう。「…離せよ」
「うん」
掴んでいた腕を、悟史は、ぱっと離した。
でも、今度は、自分が車道側を歩いて。「……」
そっと、隣りをうかがう。
「…ん?」
優しくて、ふんわり、甘い視線が、落ちてくる。
「……何でも、ねぇよ」
本当は。
俺だって、自分から、会いに行きたい。
待ってるだけじゃ、なくて。
見つめたい時だって。
でも。「お前さ、もうちょっと……、」
言うつもりのなかったグチが、ぽろりと、口をついた。
「控えめに、できないワケ?」
そっと。
こっそり、ひっそりと。
誰にも、気付かれないように。
見つめていたいと、思っても。
お前、すぐ、気付くし。
おまけに、周りが皆、気付くような、反応返すし。
そんなんじゃ、俺……「え〜っ!俺、これでも、頑張って、押さえてる方なんだよッ!?」
「どこがだよ……」
押さえていてあれじゃ、押さえなかったら、どうなるんだ。
考えただけで、恐ろしい。
溜息をつく俺に、悟史は、にっこり笑って。「アキちゃんってさ、恥かしがり屋さん、だよね?」
「はあぁっ!」
いきなり、そんなことを、にこにこと言われ、俺は思いっきり、顔を顰めた。
「ちょっと寂しいな〜って思う時、あるけど。でも、いいんだ」
俺の抗議など、どこ吹く風で、悟史は一人で、うんうんと、うなずきながら。
「俺、ちゃんと、わかってるから。アキちゃんが、俺のこと、好きだって」
「お前な…」
こういうこと、さらっと言うなよな…しかも、往来で。
「…違うの?」
問いかける声は、やっぱり、甘くて。
「……違わない」
聞えるか、聞えないかの声で、俺は、応えた。
ふと顔を上げたときに見えた、君の視線。
やさしくって、あまい。
だから……、
思わず、目を反らしてしまう。
それって、もう、どうしようもない。
だけど。
どうしようも、なく。
嬉しい―――――。Fin.