2.迷子
「どうしよう…ねぇ、ココ、どこ?」
「だいじょうぶだよ、アキちゃん。ぼくがついてるから。ぜったい、だいじょうぶだよ!」
あいつは、昔から。
根拠なんかないくせに、やたら自信だけはあるんだ。いや、違う。
そうじゃなくって…。
俺が、不安がらないように。
絶対、大丈夫だって。
自分だって、きっと、泣きたかったはずなのに―――。
「お前さ、もうガキじゃないんだから、俺と一緒に帰ることないんだぜ?」
悟史の部活のない日、俺と悟史はいつも一緒に帰る。
それは、小学生の時からずっと、続く、習慣。
高校二年生になってまで、続けるようなものでは、ないと思う。「そんなこと言って。一人で帰ってたら、アキちゃん、また迷子になっちゃうよ?」
「バ、バカ…!いつのころの話、してるんだよ?」ニヤニヤ笑いながら言う悟史に、鉄拳を食らわす。
大して威力のないそれに、悟史は大げさに、イテテ、とうめいて顔をしかめた。
下校途中で迷子。
あり得ないそれは、しかし実際に体験した事だった。
しかも、ぴかぴかの小学一年生の四月、とかではなく。
あれは、確か、二年生の秋くらいの時だったと思う。
赤い、柿の実がなってる家があって、その横に、小さな路地があった。
もちろん、家へと通じる道ではない。
通った事もなかった。
普段は、気にもとめていない小道。
たわわに実っていた柿が、誘うように、目に付いて。
俺は、その道に入って行ったのだった。
で、迷った。
その路地は、狭いくせに、途中で枝分かれを何度かしていて。
おまけに、右を見ても左を見ても、同じ様な家ばかり。
もはや、どう戻っていいのかもわからなくなって、べそをかく寸前だった俺に、悟史は言ったのだった。ぼくがついてるから。ぜったい、だいじょうぶだよ!
…って。
俺の手をぎゅっと握って。
だいじょうぶだよ、って何度もくりかえして。
道なんか、自分だってわからなかったくせに。
通りすがりのオバちゃんに、道を教えてもらい、何とかその時は帰られたんだけど。
それでも、悟史の手のぬくもりが、迷子の俺を勇気付けてくれたのは、確かだった。
「一緒に帰るよ。本当は、毎日だって、そうしたいんだけど。無理だし」
「当たり前だろ」素っ気無く言ったら、デカイ図体で、口を尖らせる。
キモチワルイっての。「俺が知らない間に。アキちゃんが、迷子になったらヤだから。一緒に帰るよ、俺」
通いなれた、駅までの道。
小学生の頃の道とは、違うものだけど。「だから、迷子になんか、ならないっつってるだろ?」
ここで迷ってたら(もうすでに通って二年目だというのに)、正真正銘のアホだろ、俺。
「……それでも、さ。迷うなら、一人より、二人でしょ」
笑って。
あのころより、大きくなった手を、差し出す。「ばか」
それを、ぱしん、と音を立てて、払いのけて。
また、迷っても。
俺には、この手があるんだって。
悟史の手が、俺を、正しい道筋に、引っ張り出してくれるって。
期待しちゃうだろ……、ばか。
ぼくがついてるから。
ぜったい、だいじょうぶたよ、アキちゃん――――
Fin.