4.時間

 

 長すぎた春、とかいう言葉があるけど。
 なんか、わかる気がする。
 ずっと一緒にいたから。
 この気持ちが、ただの惰性なのか、それとも違うものなのか。
 わからなくなってくる―――――。

 

「っていうと、神近は、刺激に飢えている、と」

「…どこをどうまとめると、そういう話になるんだ、藤原」

 この間、余計な一言を投げつけた藤原と、なんでだか俺は、恋愛の話なぞしている。
 付き合ってるヤツいるの、とか、そんなん。
 席が近いってだけで…どうなんだろ、別に仲は悪くないけど、ってくらいのクラスメイトと、そういう話するの、まあ普通の事なんだろうけど。
 ホラ、なんせ、わざわざ別棟から、悟史のヤツが休み時間毎に遠征してくるから。
 クラスのやつと、あんましゃべんないんだよな、俺。
 ってか、アイツ、クラスで浮いてんじゃないのか?
 しょっちゅう、自分のクラスから、いなくて。

「だったらさあ、俺と付き合ってみるって、どう?神近」

 俺が、悟史のクラスでの立場に思いを馳せている間に、そんな事を言われたので、俺はうっかり、頷き返しそうになってしまった。

「ああ…って、はぁ?何、言ってんだ、お前」

「いや、だから、お付き合いしませんか、ってそういう話」

「藤原…そういう冗談、言ってて、楽しいか?」

「いや、別に、冗談ってワケでもないけど」

 お天気の話でもするみたいに、あくまで、フツーに。
 藤原は、のんきに提案する。
 …マジ?

「マジよ?俺、結構、神近好きだし。神近、俺、嫌い?」

「いや、別にそんなことないけど」

 つい、真面目に答えてしまうと、藤原はにっこり笑う。

「じゃあさ、まずはオトモダチからってことで。どう?」

「う〜ん…」

 軽く言われると、そう大した問題じゃないような気がして来るから不思議だ。

「始終、植野とべったりだから、自分の気持ちが見えなくなってきてるんじゃないの。ここはひとつ、新しい風をいれるつもりで、俺と付き合う、ね?」

 新しい風か…。
 確かに、俺の現在の状況は、停滞していると言えなくもない。
 当たり前のように、隣りにいる存在。
 当たり前過ぎて、どうして始終、隣りにいるのか、もはやよくわからなくなっている。
 俺は、この現状に対して、はたして、どう思っているのだろう。
 どう、思われたいのだろう。
 そして、どう思っているのだろう……、アイツは。

「言われてみたら、それも一理あるきがしてきたな」

「だろ?」

 にこにことあいづちをうつ藤原に、うっかり、乗せられそうになった頃―――。

 

「…何の話、してんの、アキちゃん」

「うわっ」

 窓から、ぬっと、うろん気なまなざしで、悟史が顔を突き出してきた。

「神近の二度と返らぬ十七の日々を無駄にしない為にも、俺と付き合おうって、そういう話」

 後の席の藤原が、ニヤリと笑って言うのに、悟史はぎょっとした顔で、俺を見た。

「えっ…!嘘、冗談でしょ、アキちゃん」

「いや、まぁ…」

「ダメダメ、絶対、ダメ!なんで、お前なんかがアキちゃんと付き合うんだよ!?アキちゃんは俺のなんだから、お前が入る隙間なんかないんだよッ!」 

 息もつかずに、凄い剣幕で悟史がまくしたてるのに、俺は、ふぅん、と唸った。

「いつ、俺がお前のモノになったのか、教えて欲しいものだな」

「えっ、それは…、あの……」

 途端に、しどろもどろになる、悟史。
 ちゃんと、答えられないんなら、そういう台詞は、吐くんじゃねぇよ。
 だけど、まぁ……。

「付き合わねぇよ」

 気がついたら、俺は、そう答えていた。

「ほんと?アキちゃん!」

「なんだ…がっかり」

 それぞれ、思い思いの感想(?)を述べられ、俺は、ふん、と鼻を鳴らした。
 確かに、ずっと、長い時間、一緒にいすぎて、わけがわかんなくなってるけど。
 でも、それを、別の誰かと付き合う事で解決しようなんてのは、結局は、逃げでしかない。
 そんな、当たり前の事に、気付かないなんて、俺も相当、ヤバイよな。

「気が変わったら、いつでも言ってね、神近」

「変わるわけないだろ!」

 

 ぎゃんぎゃん吠えてる悟史を見ながら。
 もう少し、このままの関係でいたいような、変わっていきたいような―――。
 そんな、どっちつかずの心境をもてあまして、俺はこっそりと、溜息をついた。

Fin.

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