7.本当?
傍にいると、鬱陶しいし、メンドクサイし、落ちつかないし、でイライラするんだけど。
でも、いないと、もっと、イライラするのは、何故だろう。
「おや。どしたの、今日、カレシは」
「あぁ゛っ…?」
藤原が、心底、めずらしい、という顔で言うもんだから、ただでさえイラついてた俺の不快指数は、さらに跳ねあがった。
「誰がカレシなんだよ」
「またまた。トボけちゃって。言わなくてもわかってんじゃん、植野だよ」
「……知らねぇ」
いや、それは正確ではない。
本当は知っている。
年末大掃除に向け、美化委員なんかだったりする悟史は、忙しくってウチのクラスまで遠征する暇がないってだけだ。
でも、それをワザワザ藤原に言うつもりはない。「ふ〜ん…、でも俺、見ちゃったよ。植野。同じクラスの可愛い子と、仲良くホウキとバケツもって歩いてるとこ」
もったいつけて言う藤野を、思わず睨みつけて、低く言う。
「ばーか、それ、単に同じ委員だってだけだろ」
「……知ってんじゃん」
「あっ」
ニヤニヤ笑う藤原。
ちくしょう、ハメやがったな!?
……とは、思ったけど、口にするのは悔しいので、黙っておく。
そうしたら、調子に乗った藤原は、なあ、と重ねて尋ねてきた。「ホントのとこ。神近、植野とドコまでいってんの?」
ドコまで、とは。
それは、学校まで、とかボケればいいのか、俺は。「何が言いたいんだお前は」
「ん〜、そのままの意味だけど?深いお付き合いをなさってるのかしら、と」
「深いって…何だそれ」
幼馴染みっつうか、腐れ縁で。
何言っても、こりずに、ひっついてきて。
傍にいると鬱陶しい事このうえなくて。
…でも、いないと調子悪くて。
そういうのも、『深いお付き合い』って、言うんだろうか?
よく、わからない。「そりゃあもう、身も心も、ってヤツでしょ」
何を今更、みたいな顔で、言われたって。
別に俺は、カマトトぶってんじゃねぇぞ。
ただ、本当に、よくわからない、ってだけで…。「そんなんじゃ…ねぇよ」
「意外に、奥手なんだね、君達」
「だから、何が言いたいんだよ、藤原」
「いや、俺のつけこむ隙間があるかなって。こないだの。結構マジだったのよ、俺」
「あっ、そう…」
「うわっ。めちゃめちゃ、どうでもよさげ」
「どうでもいいもん」
ヒデェ!と、大げさに嘆いて見せる藤原を、横目でちらりと見る。
こいつも、どこまで本気なんだか。
ひとしきり、泣きまねをした後で、藤原は、顔を上げた。
視線を、窓の向こうにやってから、俺の方を見る。「じゃあさ…、植野は?植野は、どうでもいいの?」
いると、イライラして。
いないと、もっと、イライラする。
どうでもいいか、だって?
そんなの―――、「どうでもいいわけないだろ」
「それって、好きってこと?」
「そうだよ」
他人相手だと、どうして、こんなに簡単に言えるんだろう。
このイライラが、どこからきてるかなんて。
もうとっくに、気付いてる―――。
「それ、本当?アキちゃん!」
「…っ、え、悟史…!?」
ここにいないと思ってたヤツの声が、急に聞こえたので、俺は驚いて、後ろを振り向いた。
げ。
嘘、なんで。
なんで、いるんだよ、悟史!?
はっ、と思って、藤原を見ると、ニヤニヤしてこっちを見ている。
クソ、またしても、やられた!
悟史いるの知ってて、わざと言ったな、こいつ!「いや、俺って、シンセツだよね、実際」
「藤原〜っ!」
「ねぇねぇ、アキちゃん、今言ったの、本当?」
窓から身を乗り出さんばかりにして、本当?と、何度も繰り返す悟史に、他のクラスメイトが、何事か、という顔でこっちを見ている。
ああ、もう、ちくしょう!
巻き戻して、さっき言った台詞を、なかったことにしてしまいたい。
だけど、それは、無理な話で。「本当だから、静かにしろ、悟史!」
一括すると、見えないしっぽを全開にふってるツラはそのままで、悟史は、ぴたりと口を閉ざした。
「…覚えてろよ、藤原」
負け犬の決め台詞を、虚しく呟く俺に、藤原は気にした風もなく、さらりと言った。
「よかったじゃん。誰かさんの不在で、不機嫌な顔してると、せっかくの可愛い顔、台無しだし。収まるトコに、収まって、なぁ?」
あくまで自分は善意の人ですよ、みたいに言いやがって。
面白がってるだけだろ、藤原…。「神近がはっきりしないと、俺だってあきらめつかないじゃん」
ぽつりと付け加えられたそれは。
いつもと同じ、何考えてんのか、イマイチわかんない顔で。
冗談なのか、そうでないのか、わからなくて。
だから俺は、それには何も、答えなかった―――。
窓に貼りついていた物体を、ずるずるひきずって、とりあえず人気のないところまで持っていってから。
俺は、忌々しいくらいに、はちきれんばかりの、笑顔を見せる、悟史と、向き合った。「あのな、悟史…」
「アキちゃん、さっき言ってたの、本当に本当の、本当なんだよねッ!?」
そこまで言われると、違うって言いたくなるんだが。
半分くらい、マジでそう言ってやろうかと、思ったんだけど。「…お前は?」
口にしたのは、違う言葉で。
それだけしか、言わなかったのに、言いたい事はちゃんと伝わったらしく、悟史は笑顔のまま、頷いて、答えた。「俺もっ!俺も、アキちゃん、好きだよ!大好きっ!」
「……聞いてない」
「えっ?そうだっけ」
仏頂面で言ってやったら、悟史は、きょとんとした顔で、首をかしげた。
「そうだ。聞いてない。……聞いてないから、俺だって、何も言わなかったんだ」
「…って。もしかして。俺が、言うの、待ってたの、アキちゃん……?」
そうだ、なんて。
言えるわけがなく。
だけど、そう問いかけた悟史の声が、優しくて。
俺は、だんだん、顔が熱くなってくるのをもてあまして、黙ってうつむいた。「……ごめんね、アキちゃん。好きだよ。ずっとずっと、大好きだよ」
うつむいたままの俺を、悟史は柔らかく抱きしめた。
「言わなくても、わかってるって思ってたんだけどなぁ…」
「…わかるかッ!俺は、エスパーじゃねぇ………」
「うん…、そっか、そうだよね、ごめんね、アキちゃん…?」
傍にいると、鬱陶しいし、メンドクサイし、落ちつかないし、イライラする。
でも、いないと、もっと、イライラする。だって、
好き、だから――――。
Fin.