8.キモチ

 

 見えないけど、変わらないもの。
 そして、少しずつ、変わっていくもの………。

 

「ねぇ、アキちゃん!なんで、今までとぜんっぜん、変わらないの!?」

「はぁ?何言ってんのお前。変わらないって、何がだよ」

 俺の部屋で、いきなり、意味不明なことを叫び出した悟史に、俺はノートから顔をちらりとあげた。
 課題をいっしょにやろう(…って言っても、クラス違うから、全然別物だけど)って、言い出したのは、悟史だって言うのに、全然身のはいらない様子で。

「な、何がって、それは…」

 聞き返したら、今度はくちごもる悟史に、俺は、けっ、と呟いて、やる気ないんなら帰れば、と素っ気無く言った。 

「アキちゃん〜っ……!」

 デカイ図体で、情けないぐらいに哀しげな声を出されて、俺はしぶしぶ、シャーペンを机に置いた。

「言いたい事あるなら、ちゃんと言えよ」

「…って、アキちゃん、ホントに、俺のこと、好き?」

「好きだよ」

「そんな、天気の話するみたいに、さらっと言わないでよ〜っ!」

 聞かれたから答えたのに。
 じゃあ、どう言えばいいっていうんだよ?
 …ったく、イチイチめんどくせぇ。

「何が不満なんだよ、お前は」

 何故俺がこんなことを。
 俺はこんなことを親切にきいてやるキャラじゃねぇんだぞ。
 だけど、あっさり無視してこれ以上拗ねられるのも鬱陶しいので、仕方ないから譲歩してやる。
 ああ、優しいな、俺って。

「俺たち、両思いなんだよね?なのに、アキちゃん、全然、態度変わらないんだもん。本当に俺のこと、好き?」

 机に伏せて、うかがうように、下から見られて。
 本当に、こいつは……

「…変わるわけ、ないだろ。気持ちが、変わったわけじゃないんだから」

 そう言って、見た目よりも柔らかい、悟史の髪に触れる。
 そのまま、なでると、悟史は気持ち良さそうに、目を細めた。

「俺は、変わったよ」

 そう言って、俺の手をつかむ。

「前とは、違うよ」

 つかんだままの手を、口元に持っていく。
 怖いくらい、真剣な目で、俺を見て。
 指先に、キスをする。

「なっ……、」

 何しやがるテメェ!
 という言葉は、びっくりしすぎて、全部しゃべることが出来なかった。
 慌てて、手をひっこめようとしたのに、しっかりつかまれて、それも出来ない。

「だから、二人っきりでいるのに、何にもしないなんて、耐えられないよ!」

 続けられた言葉に、俺はまなじりをあげる。

「お前ッ…、お前、課題しに来たんだろうが!?」

「そんなん、口実に決まってるだろッ!?」

 即座に返されて、俺は呆れて、言葉を失う。
 うわ、こいつ、最低。
 開き直ったよ…。

「だって……」

 あまりにも俺が、冷たい目で見ていたからか、悟史は、気まずげに目を反らして、でも、俺の手をぎゅっと握って、ささやくように、呟いた。

「一番欲しいのは、アキちゃんの、気持ちだけど。もっと、ちゃんと…欲しいんだ、アキちゃんのこと、ぜんぶ」

「悟史……」

 馬鹿だよな、お前?
 思わず、言いそうになって、こっそりと、微笑う。
 下を向いたままの悟史から、握られた手が、小さく震えていて。
 俺が、何て、答えるのか、待っている。

「―――まずは、課題やってから、な」

「え?」

 俺の答えは、予想外だったらしく、悟史は顔を上げて、ぽかんと俺を見た。
 なんてツラ、してんだよ、悟史。

「課題しに来たんだろ?とにかく、それが終わってから、だろ」

「アキちゃん…怒ってる?」

 恐る恐る、聞かれて、俺は苦笑する。
 ほんっとうに、馬鹿だ。

「怒ってないよ」

 つないだままの手を、引き寄せて。
 今度は俺が、キスした。

「……っ!」

 さっきは、自分がしたくせに、悟史はぱあっと顔を赤くした。
 どこか、痛いような、顔をして。

「わかった、俺、すぐ、終わらせる」

 片言しかしゃべれない外国人みたいに、返事して、悟史はわき目もふらずに、課題に向き直った。
 ……現金な、ヤツ。
 おまけに、口実がないと、踏み出せないなんて、情けないヤツだって、思うけど。
 思うけど…そういうとこも、可愛いとか、思ったりなんかしてる。
 俺も相当ヤバイ。

 

 

 見えないけど、変わらないもの。
 そして、少しずつ、変わっていくもの。
 思う通りにいかないけれど。
 とてもいとしい、

 

 きみへのキモチ。

Fin.

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