9.もし……
もし……、
きみと、出逢って、いなかったら。
そんな風に、仮定してみる。
そうしたら、今、どうなっていただろう……?
「すっかり、収まるトコに収まっちゃった、て感じだねぇ」
しみじみ呟かれて、俺は、おかげさまで、と呟き返してみる。
「あれ、新しい反応だね」
藤原は、ん?という、顔で、俺を見る。
「何だよ、恥らってでもみせればいいわけ」
「その開き直りは…もう、いきつくとこまで、いきついちゃった、ってコト?」
「…ノーコメント」
そこまで答える義理なんかないぞ。
おまけに、こんな教室の中で。
…と、いう思いを込めて、短く答えたら、俺の机に頬杖をついていた藤原は、そのままの格好で、ふぅ、と長く、息を吐いた。「そっかぁ、そうなんだ…」
勝手に頷くな、勝手に納得するな。
思っても、やはり、コメントは差し控える。
だから、イチイチ、そーゆーの、反応してられるか、って!「ねぇ、神近。もし…、もし…、なんだけど」
そんな、俺の薄い反応など元から気にした様子ではない、藤原は、ちらり、と目だけをこっちに向けて、仮定の話をしだす。
「もし…、植野と。幼馴染みなんかじゃない、としたら。どうなってたと、思う?」
「悟史と、幼馴染みじゃなかったら?」
そんなの、考えた事もなかったな。
今まで、ずっといっしょに、いて。
これからも、ずっといっしょで。
幼馴染みじゃない、俺ら、なんて。「そう…だな……」
うるさくて、面倒くさくて、鬱陶しくて。
でも、いないと落ちつかないし。
先回りして優しくて。
変に、意気地がなかったりする、悟史。
そんな悟史が、幼馴染みじゃなかったら…?
ただの、クラスメイトみたいに、俺を見るのか?
そんなの……、「想像、つかねぇな…」
というか、想像、したくもない。
うるさいくらいに、つきまとってくる悟史が、いない、なんて。「う〜ん、愛、だねぇ…」
しみじみ言われて、俺は顔を顰める。
「そんなんじぇねぇよ」
「え?そんなん、でしょ?想像もつかない、ってのは、それだけ、植野の存在が、神近にとって、当たり前の存在になってる、てことで」
「…そういうもんか?」
とうとうと、述べられたって、正直、よくわからないんだけど。
「きっと、植野が幼馴染みじゃなくったって。一度、逢っちゃえば、同じなんだろうな」
重ねて言われて、それは、そうかな、とも思った。
例えば、高校で、初めて逢ったとして。
今まで、全然、知らなかったヤツだとしても。
逢えば、たぶん、好きになると思う。
悟史が、悟史だったら、きっと。「あああ〜。もし…なんて、仮定しても、虚しいだけか〜。ちぇ〜っ」
残念そうに、溜息をつきながら、藤原は、俺の机に突っ伏す。
「まぁ…そう、しょげるなよ、藤原」
藤原の頭を、くしゃくしゃと、かきまわす。
何故か、そんな藤原を、俺は何となく、慰めていた。
「アキちゃん〜……」
「うわっ、何だ、悟史。いたのか?」
「いたのかって…、ヒドいよそれー。ってか、何で、そいつのアタマ、撫でてるの!?」
キッ、と睨まれ、藤原は、机に伏せたまま、ニヤニヤと笑った。
「だって、俺と神近、仲良しだもんな〜?」
「なっ…!アキちゃんと、仲良しなのは、俺だけで充分なんだよッ!」
ガキのケンカみたいなことを、真剣に言い出す悟史に、俺は呆れて、溜息をつく。
それを、面白がってる藤原も藤原だけど。
もし……、
きみと、出逢って、いなかったら。
そんな風に、仮定してみる。それは、おそらく、つまらない日々。
でも、たとえ、そうだったとしても。きっと、みつける。
きっと、出逢える。だから、もし……、
なんて、考えるのは。
無駄なこと、なんだ。
たぶん、ね――――?Fin.