恋するふたりの10title
10.洗濯機の渦
んー……、これ、なんだろ………?
かすかな振動音が、ベッドまで響いてくる。
気になって、俺はまだ眠い目をうっすらと、開けた。
ピーッ!
甲高い音がして、この振動の正体に気付いた。
ああ、これ……、洗濯機か。
洗濯機の中で、ぐるぐる渦をまいて、洗われてゆく衣服をぼんやり思い描く。
ここのヤツも、実家のも、全自動で一層式だけど、俺が子供の頃は二層式の洗濯機で。
ぐるぐる回ってんの見るのが面白くて、手を突っ込んでみようとしたら、遊びにきてた悟史が、慌てて止められたっけ。
『危ないよ、アキちゃん!』って……。
そんな、取りとめもない思い出に浸っていた俺は、ようやく、もうひとつの事にも、遅まきながら気付いた。
肌に触れるシーツが、さらりとして、気持ちがいい事を。
「あ? 起きたんだ、アキちゃん。オハヨ」
「あー、うん、はよ……」
洗ったばかりの真っ白なシーツが入ったカゴを、両腕に抱えた悟史が、目を覚ました俺に気付いて、声をかけてくる。
それにまだ良く回ってない口で返事をすると、嬉しそうにニコっと笑って、悟史はベランダへと続く窓を開けた。
そこには、アパートサイズの可愛らしい物干しざおがある。
大きくはないけど、とりあえずシーツを広げて干すことは可能なサイズだ。
その代わり、シーツ干しちゃうと、他に何にも干せなくなっちゃうけどな。
悟史は、カゴからシーツを取りだすと、パンっと一度勢いよく広げてから、物干しざおに干して、洗濯バサミで両端を留めた。
日はもうすっかり高くなっていて、開いた窓からシーツ越しに、青空が見えた。
どうやら今日は一日、洗濯日和みたいだな。
「シーツが乾かないと、他が干せないから、残りは、後で洗濯するね」
「ああ、うん……」
「アキちゃん? まだ、眠いの?」
ぼんやりとした返事を返す俺を、悟史が振り返って心配そうに見る。
眠いって、言うか………。
「………ダリぃ」
ぽつりと。
そうこぼしたら、悟史の顔が、ぱあっと、赤くなった。
「あ、そ、そうだよね! ご、ごめんね! まだキツイよね!?」
「ったく、お前は加減ってもんを知らねえのかよ……。あー、まだ何か、足の間に挟まってるような感じがする……」
ベットに横になったまま、悟史をじろりと見上げると、ヤツはますます顔をゆでだこのように赤くした。
もうこれ以上、赤くなりようがないってくらい。
「は、挟まってとか、アキちゃん……! あの、そのっ……!! …………ゴメンナサイ」
空っぽになったカゴを抱えたまま、悟史はしおれたなっぱみたいに、しゅんとなった。
それがあんまりおかしかったので、俺はこのくらいでカンベンしてやることにした。
「いいよもう、謝らなくて。俺も……その、それなりには、楽しんだし、な………」
「あ、アキちゃん……っ!!」
感極まった顔で名前を呼ばれて、忙しいヤツだな、と思う。
俺の言葉ひとつで、落ち込んだり、喜んだり。
単純って言うか……。
(愛されてる、ってことなんだろうな)
と、内心思って、口に出したわけでもないのに、慌てて、頬が熱を持った。
「アキちゃん……?」
カゴを持って、ベランダから部屋に戻った悟史が、急に黙り込んだ俺を見て、不思議そうに首をかしげる。
「な、なんでもない……っ!」
急いで言って、ベッドから起き上がった。
肩までかかっていた、薄い綿毛布が、はらりと落ちる。
眠りに落ちる前までは全部脱いでたはずだけど、いつのまにか、パンツとパジャマの下だけは着ていた。
悟史が、着せてくれたんだろう。
それはいいのだが……。
「な、なんだよ、これは……っ!?」
俺は、自分の上半身に気付いて、声をあげた。
「あー……それは、そのう………」
窓を閉め、洗いカゴを洗濯機の傍に戻しに行った悟史が、気まず気に呟く。
出来ればその件については、何も言わないで欲しい、と背中が語っていたが、そんなん知るか!!
「ビョーキみてえだろ、これじゃ!!」
俺が不満もあらわに訴えると、カゴを置いて戻ってきた悟史が、頭をかきながら、モゴモゴと口の中で呟いた。
「そこまでは、ないと、思うんだけど……。せいぜい、虫さされ、いっぱいだなーって、くらい?」
「どんな虫さされだよ! アマゾンの中を裸で歩いたって、こんなにひどくはならないぞ!」
「うー、あー、ええと……ごめん、つい、嬉しくて……。明るいとこでするの、初めてだったから、俺、浮かれちゃって……」
さっきよりも、しおしおとして言う悟史に、俺は、はああああ、と大きくため息をついた。
お前、どんだけ、浮かれてたんだよ……?
確かに、思い返してみれば、やけにあっちこっち、キスしてんなあとは思ったけどさあ……。
「これじゃ、サークルで当分、裸になれねえな……」
ぽつりとつぶやくと、反省の意を表してか、うつむいていた悟史の顔が、ガバリと上がった。
「ちょっ! アキちゃん!? サークルで裸になるって、どういうこと!!」
「そりゃ古文研だから。着物に着替えたりとかするだろ」
「聞いてないよ!」
「そうだっけ?」
古文研は、ほとんど飲みサークルに近いが、何故か形から入りたがるところ(?)があり、偶に和装になって古文を読んだりするのだ。
そういうわけで、俺は実は、一人で着物を着る事も可能だ。
「だったら、もっと、アト、つけとくんだった……」
恨めしそうに悟史が呟く。
俺は苦笑して、悟史の頭を撫でた。
「いや、別に着替えるっつったて、全部脱ぐわけじゃないから。だけど、こんだけアトついてたら、ランニングシャツくらいじゃ隠せないだろ」
「ランニングシャツ姿を見せるのもダメだよっ!!」
なだめるつもりで言ったら、すかさず反論された。
俺の裸見て喜ぶヤツなんか、お前くらいしかいないんだから、別に気にすることないのに。
「無茶言うなよ。俺、着替えるの早いから、見られても一瞬だぜ?」
「一瞬でも、イヤなものはイヤなの!」
「そんなこと言っても、今までだって、体育の時は皆の前で着替えてただろ」
「……それだって、ホントは、ヤだったよ」
そうだったのか……。
知ってたけど、俺のこととなると、悟史のヤツ、心狭いよな。
だけど、それをイヤじゃない、と思ってるあたり、俺も相当いかれてるんだろうなあ……。
俺は、こほん、と咳払いしてから、言った。
「と、とにかく、だ! これじゃ、普通に服着ても、襟の隙間から見えかねないから、ヤメロ」
「……じゃあ、服に隠れるところだったら、いいの?」
「あー……、まあ、少し、くらいなら……」
なんだかやけにきらきらした目で問われて、俺は曖昧に頷きかえす。
断ったら、泣きだしそうだしな。
「うん、わかった。少しだけ、だね! ………んっ」
「あ、こら……っ!」
俺を両腕の中に閉じ込めるように抱え込んで、たくさんのアトがついた俺の胸の、わずかに白い部分に、悟史はまた新しいアトを刻む。
「ん、ん……っ」
なんか、痛いような、くすぐったいような、しびれるような……変な感じ。
昨夜は、なんだかいっぱいいっぱいになってて、よく覚えてなかったんだけど、改めてされると、それだけで、背筋がぞくぞくする。
「……感じた?」
「ばかっ!!」
胸をぺろりとなめた悟史が、俺の顔を下からのぞきこむように笑う。
怒ってみせても、たぶんきっと、顔が赤くなってるだろうから、説得力はない。
悟史は、俺の肩を、とん、と突いた。
俺はあっけなく、ベッドの上に逆戻りした。
「なに……、するんだよ?」
聞いておいて何だけど、帰ってくる言葉は、100%想像ついた。
悟史は答えずに、俺の下唇を、柔らかく食んだ。
そして、いいよね、と口の中に吹き込むように尋ねた。
「仕方ねえなあ……」
昨夜、散々しただろ。
俺まだ、ダルイんですけど?
……と、言おうと思ったのに、口に出たのは何故か了承の言葉だった。
だって、あんまり、悟史が嬉しそうな顔して、俺を見てるからさ……。
ゆっくりと覆いかぶさってくる悟史の、背中に腕を回しながら、俺は付け加える。
「このシーツも……、後で、ちゃんと、洗えよ?」
「うん……」
窓の外で、洗いたてのシーツが日差しを浴びて、吹き寄せる風にたなびいている。
この分だと、そう時間もかからずに、乾くだろう。
だから、あと一枚、余分に洗う事になっても、きっと、大丈夫だ。
Fin.
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